想い出の噺家:五代目古今亭志ん生

最近落語ブームという事でCDが沢山売られています。
中でも最も人気は五代目古今亭志ん生ということだそうですが、本当に沢山出ていますね。
全集モノもいくつもあります。録音も多く残っているのでしょう。
志ん生という人はもっぱら酒好きと貧乏自慢の奔放な生き方が紹介されてますが、一方とても研究熱心だったそうです。持ちネタの多さがそれを物語っています。
志ん生没後に生まれた人達も、志ん生を聴いて落語を知るといいます。しかし最近の時代感覚から大きくかけ離れており、解説書なしに理解するのは困難なのではと思うのですが、不思議な現象です。

私はナマ志ん生を見たのは一度だけ。
もう晩年の晩年、東宝名人会の席でした。演目も全く記憶にない。そこにいたのは黒紋付で静かに語る姿だったように思います。トリだったのでしょう。
でも演目なんてどうでもよい。志ん生を見た。その高座を見た。それだけで満足なのでした。

学生時代、落語に興味を持った直後に志ん生は脳卒中で倒れました。
当時何度も寄席に通い、昭和の名人と呼ばれる人達の高座も多く見ましたが、そこには志ん生はいませんでした。
やがて奇跡の復活をしましたが、もうその語り口は以前の威勢の良い志ん生ではない。言葉もはっきり聞き取れないようなものでしたが、それでもひたすら語り続けていたのです。
晩年の録音もCDに残されていますが、その口調を聞いただけで病気前か復活後かはすぐにわかります。
自力で高座に上がることもできず弟子に背負われて上がり、座ってから幕を開けるということをやっていました。そして途中で演目がいつの間にか別の噺に替わったにもかかわらず、聴いている観客が気がつかなかったという逸話もあります。本当に体が許す限り語り続けたというのが志ん生らしさだったのでしょう。
ファンはそれを温かく見ていました。

最近圓楽が、自分の求める芸をできなくなったという理由で、惜しまれながら引退したのとは好対照です。
どちらが良いというのではありませんが、同じ噺家でありながら生き方の美学の違いを見る想いです。

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