「粗忽長屋」に西洋哲学を見る

この噺、粗忽者八っあんと熊さんが展開する、極めつきのばかばかしいものなのですが、よくよくストーリーを聞いていると実に論理性があるのです。そしてサゲの「ここで死んでいる俺は確かに俺だが、抱いている俺は一体誰なのか?… 続きを読む

落語ファンの、落語ファンによる、落語ファンのためのブログ