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国立演芸場2月中席 鹿芝居「嘘か誠恋の辻占」2月11日(月)

寒い!立春を過ぎてそろそろ春の気配と思ってたら、超号泣の寒波襲来です。今日は国立演芸場2月中席恒例の鹿芝居です。今日は初日なのでした。さて何かハプニングの起きそうな予感です。

今日は三連休最終日で月曜だが休日。そのせいか満員御礼が出てました。めでたい事です。そして今日の鹿芝居の演目は「嘘か誠恋の辻占」ということで、「辰巳の辻占」という噺を脚色したものということです。

国立演芸場に着くと人が多い!何となくざわざわしています。そしてやがて開演。開口一番は林家彦星さんでした。名前からしていい男のようなイメージだが、出てきた彦星さん。イメージ通りでした。声もなかなかいい。演目は『牛ほめ』でした。

続いては金原亭馬久さん。この人は体も大きく存在感がある。前座の時から記憶に残ってましたが、着々と芸歴を重ねて腕を上げてるのでしょう。今日の演目は『狸札』でした。

次が金原亭馬治さん。今日は後から鹿芝居があるので、落語の方は軽目です。演目は『真田小僧』でした。

続いて蝶花楼馬楽師匠。あれ、少しスリムになったかな。でもマクラは健康の話ではなく酒の話。そこから入ったのが『替わり目』でした。

そして一度幕が降りて再び開くと漫才のハル&ヨノ??何ということはない、古今亭菊春さんと金原亭世之介さんのコントでした。今日は落語の出番はないそうです。

まずは世之介さんが紐の手品。寄席の手品でアサダ二世さんがよく演ってる根多です。その後菊春さんが歌舞伎の「助六」に扮して登場。大向こうから「成田屋」!の声がかかりました。手品と助六の取り合わせ、誰がどう見てもミスマッチなアンバランスなコンビでした。

続いては林家正雀師匠。今日の演目は『松山鏡』でした。越後の松山村の出来事で、いかにも田舎っぽく決めてくれました。

そして仲入り前最後はは金原亭馬生師匠で、演目は『稽古屋』。途中鳴物も入って艶っぽく聴かせてくれたのでした。

そこで仲入りになる前に獅子舞があります。演ずるのが先のハル&ヨノのコンビ。やはりこれがあるから落語を演ってる暇はないのです。また獅子舞と鹿芝居はセットとして組むのが慣例とのことと言ってました。

やがて二匹の獅子は客席へ下りて、満員の会場を回って祝儀をねだります。祝儀を上げた後、肩の凝る人は肩、腰の痛い人は腰、足の悪い人は足、頭の悪い人は頭を噛んでもらうと万病が治る。

多くの人は頭を噛んでもらってました。誰もがもっと頭が良くなりたい???

仲入りがあっていよいよ鹿芝居の始まり、舞台の幕が歌舞伎の定式幕に変わりました。拍子木が入って幕が開きました。今日の演目は『嘘か誠恋の辻占』。

鹿芝居といえば、「らくだ」「芝浜」「文七元結」などが定番ですが、今日は『辰巳の辻占』の話、あまり聴くことの少ない話です。そもそも落語というのは登場人物が少ないので、そのまま芝居にしても一座のメンバー全員に役は回ってきません。そのために話を膨らませる必要があるのです。

この鹿芝居は竹の屋すずめの名前で正雀師匠が脚色しているようです。この一座の馬生師匠と正雀師匠の門下の芸人さんの特徴を生かした役を作って、オリジナルの噺根多を脚色してるようでした。

でもだいたいパターンは決まってます。やはり主役は馬生師匠で伊達男の若旦那。正雀師匠は女型。でも今日は娘役専門の林家彦丸さんが来てないので、正雀師匠直々に辰巳の花魁になってました。そうやって本番に入っていったのはよいのですが、今日は初日でした。想定外の連続です。

滑ってひっくりかえって鬘が脱げたりセリフが飛んだり、でもそこは落語家の本領発揮で、失敗は笑いのアドリブで乗り越えてゆきます。転んでも只起きない芸人魂です。でもそれでいいのだ。

終わり良ければすべて良し。笑って楽しんで終わればそれで上々なのでした。そして最後は舞台からの手拭いを撒いて、三本締めで終わりました。ああ、今年も手拭いを取ることができなかった。。。。

アトリエそら豆落語会 柳亭市弥独演会6 1月27日(日)

今日の落語会会場のアトリエそら豆は、小田急沿線の祖師ヶ谷大蔵の商店街の中にあります。その商店街は「ウルトラマン商店街」として異彩を放っています。

その一角にあるカフェ。そして柳亭市弥さんも祖師ヶ谷在住ということで、典型的な近所落語会なのです。集まってくる人も多くは近隣の住人ですが、ここのママさんの人脈で東京の反対側から来る人もいます。

開場時刻に駆けつけたところ、予約を入れるのを忘れていた。まさに飛び入りだったのだが、キャンセルが出ているということで歓迎して入れていただきました。

既に店のテーブルを寄せて高座も設えてあります。もう落語会は何度も主催しているので慣れたものです。そして市弥さんも現れました。

今日は既に前のお座敷を終えてとの事です。観客も続々入店して20人程度の会場は満席です。子供もいる。まさに近所のお父さんお母さん、お爺さんお婆さん、そして子供たち。典型的な町内イベントの雰囲気の中、開演時刻の17時を回り、ラジカセの出囃子が鳴って市弥さんが上がってきました。

まずは少し高いところから会場を見回して、今日は子供さんが多いですね。と、学校落語の乗りで始めました。子供に喜んでもらえるのが与太郎の出てくる話で、始まったのが『牛ほめ』でした。まあ確かに、穴が隠れて屁の用心は喜びますね。でも秋葉さまのお札ってイメージできるかな?

続けて二席目は『千早振る』。これは子供向きであるようなないような。最近の子供は百人一首やるのかな?知ったかぶりでこれほどの講釈ができるのかな、という位長い講釈をしてました。端折らないでフルセットで聴かせてくれたのかもしれません。

そこで仲入りが入ってもう一席あります。今度は少し大きな根多を入れてくるのでしょう。それにしても今日は寒い。寒い日にふさわしい『二番煎じ』を入れてきました。

江戸時代の町内夜回りとその見張り番の話です。番屋での酒と猪鍋が出てきたときには時刻は18時を回ってました。そして後ろの調理場では名物「市弥弁当」の仕込みの音と、いい匂いが漂ってきます。そこで市弥さん扇を箸に見立てて目の前の子供に食べさせたつもり。子供もそれに乗ってたべたつもり。見ているこちらもますます腹が減ってきました。

その中で気になったのが、町内見回り係の一人の黒川先生。何度も出てきます。後からわかったのは、会場に来ている実在の人物でした。打ち上げの弁当タイムの時は隣に座っておられました。

そんなこんなでいじりいじられの「二番煎じ」も楽しく終わり、店内を現状復帰していよいよ「市弥弁当」が食べられる打ち上げです。なぜ「市弥弁当」なのか?それは市弥さんの好きな唐揚げが多く入ってるとのことです。

ワンコインの飲み物を頼んで、初笑いの乾杯してあとは市弥さんとの歓談です。聞けば出囃子を鳴らしてくれた人が生の落語が初めてとの事。よく出囃子の鳴らし方わかったな。

最近は落語のCDやDVDが多く出回ってるので、録音も含めて落語は初めてという人はほとんどいないでしょう。CDやDVDならば、今は亡き昭和の名人の芸を見ることもできます。志ん生、文楽、圓生、志ん朝、・・・何でもござれ。

でも声を大にして言いたい。やはり落語は生が一番です。演者と同じ空間で同じ空気を吸ってこそ、観客も落語の世界に参加できるのです。そんな雰囲気で今日のアトリエそら豆落語会は終わりました。

三遊亭鳳樂独演会 お江戸日本橋亭 1月18日(金)

最近いささか落語会への足が遠のいて、今日が今年の初笑いでした。もう正月はとっくの昔に過ぎてるというのに。でも贔屓の三遊亭鳳樂師匠の席だから、周りは知ってる人が何人もいるという塩梅です。

鳳樂師匠が定席を日暮里サニーホールからお江戸日本橋亭に移してから初めての参加です。客席数は少なくなったがほぼ満席になって、何となく気分も温かいものがあります。

やがて開演で開口一番は三遊亭鳳月さん。そういえばこの人も二つ目になってたのでした。羽織を纏って出てきました。しかし鳳樂師匠の最後の弟子ということで、前座業から卒業できない。

今日の席でもめくりと高座返しをしていました。でもそれは修行というよりも、裏方作業を楽しみながら務めてるという余裕。この人は根っからの愛されキャラなのでしょう。演目は『権兵衛狸』でした。

続いては三遊亭鳳志さん。寒い季節に心と体が暖まる話です、『ふぐ鍋』。この噺は現代感覚と照らし合わせると、どうしてこんなに毒を怖がるのかという疑問が湧いてきます。でもフグの毒は油断禁物、過去に歌舞伎役者の八代目坂東三津五郎師が当たって亡くなったというような事故もあります。

今は調理技術が進んで何でもないように食べられる時代だが、毒があることには変わりないのです。

続いては三遊亭圓福さん。この人は鳳樂門下ではなく、先代圓樂門下です。なぜかめくりがありません。そこで自分で名乗らなくてはならない羽目になってます。

演目は『大安売り』、相撲噺です。今両国国技館では大相撲初場所中で、稀勢の里引退の話題の真っ最中だが、この話は江戸時代、上方相撲に出張してた力士の連敗物語でした。実に牧歌的な話です。一年を二十日で暮らすいい男の時代だったのだが、それと比べると今の大相撲は大変です。年六場所では怪我をしたら治る暇もないですね。

さて仲入り前は三遊亭鳳樂師匠の一席目です。お楽しみとなってたので何が出てくるか。『天災』でした。ここに出てくるのが、山崎町三光新道の紅羅坊名丸先生です。心学の先生というが、「心学」って何?それは江戸時代の庶民向け倫理学に相当するようなものだったようです。

そこで教えられたのが「堪忍の袋をつねに首にかけ破れたら縫え破れたら縫え」。なのでした。およそ現代感覚と合わないにもかかわらず演る人の多い噺。それを鳳樂師匠が演じれば、目の前に広がるのは、昔のお江戸日本橋。そういえば山崎町三光新道は、この会場から歩いて5分のところでした。

仲入りがあって中の舞の出囃子。根多出ししていた『柳田格之進』が始まりました。鳳樂師匠、紋付袴の格調高い装いで登場です。マクラも短く本根多に入ってゆきました。

これは笑いの少ない人情噺。彦根藩士の柳田格之進が両替商万屋源兵衛と、静かな奥の間で碁を打つ光景が浮かんできます。そしてこの噺も現代感覚では理解に苦しむものがある。特に格之進の娘のお絹が親の濡れ衣を被って吉原へ身を売る、なんという犠牲的精神はちょっと考えられません。

そして最後はそのお絹が万屋に身請けされて、番頭との縁組という結末。落語の人情噺には時代の庶民感覚というものが反映されるが、この「柳田格之進」も代表格です。江戸時代というのは人情溢れる良い時代だった。そんな時代感覚を感じさせてくれた今日の席でした。

今日は開演が18時だったのでハネるのも早い。20時半にはお江戸日本橋亭を離れて、久しぶりに鳳樂師匠の打ち上げです。でも今は新年会の真っ盛りで花金。近所の会場が予約できなかったということで、湯島まで歩きました。そこでもう一席盛り上がったのでした。

鳳樂師匠の打ち上げはいつも日本酒がついて回ります。今日も新年のために用意された新酒、それも生酒で18度というかなり強烈な代物。すっかりいい気持ちになった初笑いでした。

鈴本演芸場12月中席夜の部 橘家文蔵師匠の「芝浜」12月19日(水)

日本人、いや江戸っ子が暮になると聴きたくなるのが「第九」と「芝浜」。まあ第九はこのプログでは番外なので、やはり注目は「芝浜」なんです。

最近JR山手線の品川と田町の間の新駅の名前が決まって、それが「高輪ゲートウェイ」ですって!なんと無粋な!落語ファンとして許せない!!みんな「芝浜駅」を期待していたんですよ。そんな癪な思いは別として、今上野の鈴本演芸場では、日替わり演者による「芝浜」が上演されています。そして今日は橘家文蔵師匠の出番。それを目当てに行きました。

さて開場時刻前に着くともうすっかり日が暮れてました。今は一年中で一番日暮れの早い時期、1日があっという間に過ぎてゆきます。そんな鈴本演芸場前には入場待ちの行列ができてました。今日はかなり客の入りが良さそうです。

入場していつもの2列目の右側に陣取りました。前座の開口一番の始まることろには、前の席はかなり埋まっていました。出演者も気合が入ることでしょう。そして三遊亭あおもりさんが上がってきました。

もうこの人もかなり前から見ているます。その名の通り青森県出身ということですが、江戸弁がかなり板についてきた感があります。そろそろ二つ目になる時期でしょう。演目は『黄金の大黒』でした。

次が古今亭始さん。やはり前座が終わって二つ目以上が出てくると、芸歴の違いを感じます。落ち着いた雰囲気で、演目は『二人癖』でした。

続いてはダーク広和さん。赤いジャケットを着て登場です。そしていつもと違う手品を見せてくれました。スカーフをつないだに結んだり、球が指の間に出たり引っ込んだり。そして紐が繋がったり切れたり。なんということはない、古〜〜い手品で、160年前に考案されたものだそうでした。

次が柳家小ゑん師匠。今日はマクラから絶好調で、会場は笑いの嵐です。そしてこの人は創作専科で今日の話は。演題はわからないが、家のリフォームの話でした。

そして続々出てくるのが鈴々舎馬るこさん。蕎麦の話から入ったのがおなじみ『時そば』でした。この人は古典根多をかなりいじるのだが、今日は標準通り?でもずいぶん早口で、初めの人物はすぐ終わってしまいました。

でも次のボーッと生きてる人物の時に、いじり始めました。今日は舌の回転も、いつもにも増して好調でした。

さらに春風亭一朝師匠。いっちょう懸命聞かせてくれたのが『壷算』でした。いつも思うのだがこの噺は実によく出来ている。聞いてる方も騙されてしまう話です。

次は色物で翁家社中の江戸太神楽。ちょっと息をつくひと時です。今日は和助さんと小花さんの二人で登場。いつもの傘回し、五階茶碗、土瓶、そしてナイフの取り分けでした。

そして仲入り前は講談、宝井琴調先生です。この時期に講談といえば、忠臣蔵や赤穂浪士にまつわる話。今日は『赤穂義士外伝~小田小右衛門』でした。初めて聴く話だが、改めて忠臣蔵というのは裾野の広い物語です。仲入りがあってから再び幕が開きました。

そういえば今日出演予定のホンキートンクが病気で休演とありました。その代演者が出てくるはずと思ってたら、出てきたのは柳家小菊さんでした。寄席の彩りです。

まずは鈴本、いや吉原へご案内〜〜、そしてさのさ酒尽くし、寄席の大作三部作、蛙、蛇、ナメクジ。気前よく、そして品川甚句で締めてくれました。

続いてが柳家甚語楼師匠。今日はもともとの出演順序の入れ替えもあって、本当はもっと早い上がりだったのがこの順序で出てきました。あんまり時間もなかったのかな、演目は『金明竹』。あの仲買の弥一の使いの口上を、一気に一息で息継ぎもせず語り尽くしてました。

そしてトリ前は林家楽一さんの紙切りです。何だか高座に上がる時の歩き方からお辞儀まで、師匠そのままのような感じです。まずは横綱の土俵入りでご機嫌伺いです。

切りながら話してたのが、幼稚園などでの出張公演で出てくるリクエストが、象さん、キリンさん、カバさん・・・。なんだかこの人が子供の前で紙を切ってるのが目に浮かんできたのでした。あとは「大谷翔平」「立川談志」。こんなのしか出てこないんだったら、「象さん」をリクエストしたらよかったと後悔しました。

いよいよ最後は橘家文蔵師匠の『芝浜』です。後ろを振り返ると客席も7割8割埋まってたようです。登場と同時に「待ってました」「待ってました」と怒鳴る声。文蔵師匠苦笑い。でも演者にとって掛け声は嬉しいということです。

マクラも短く本根多が始まりました。ずいぶん声を抑えてる。いつものド迫力のイメージとは違います。しっとりと語っています。会場もシーンと聴き入ってました。

「芝浜」という噺は、現代のドラマと比べると抑揚の乏しい噺。でもなぜこんなに人気があるのか。やはり歴代の名人たちの名演が残されて、ファンもそこから入ってゆくからなのかな。また江戸の人情豊かな庶民感覚にホッとさせられるところがあります。冬の寒風の中で心が暖ったまってきます。

そんなことを考えながら聞いていると、やがてサゲの「夢になるといけない」、で終わりました。

鈴本の芝浜週間もこれが最後で、予定を見ると明日は「柳田格之進」。2018年の今年も残すところあと2週間もありません。

「扇辰日和」入船亭扇辰独演会 なかの芸能小劇場 12月2日(日)

今日は先輩から誘われての落語会です。でも「扇辰日和」の名のごとく贔屓の入船亭扇辰師匠の独演会です。考えてみたらこのところ大好きな落語も1ヶ月お留守にしていたのでした。

なかの芸能小劇場は何度も来ていたのだが、久しぶりに中野駅に着いたら歩道橋などができていて、北口近辺は大きく様変わりしていました。会場の小劇場へゆく道順は、北口広場から中野サンモール商店街を通ると、雨に濡れずにたどり着けます。でも今日は天気は晴れで、傘の心配もない。中野通りの反対側から会場へ入りました。ここの会場での落語会ではいつも整理券が発行されます。今日は誘ってくれた先輩があらかじめ取得したものを渡してくれました。

開場時刻になるとその整理券番号順に入場して、あとは自由席で好きな場所に陣取ります。小劇場の名の通り、収容末も少ない会場なので、最後列でも出演者の顔が見えなくなるなんということはありません。今日はちょうど会場の真ん中あたりに陣取りました。

さて開演で開口一番は柳亭市坊さんです。名前を見れば柳亭市馬師匠の一門であることは一目瞭然です。愛想の良い好感を持てる前座さんですね。演目は『子ほめ』。八五郎がご隠居のところに飛び込んで、只の酒を飲ませろという時の表情が凄かった。

続いて扇辰師匠の一席目です。番組表ではお楽しみとなっていたので何が出てくるか。ここ1ヶ月寄席の出番がなかったとのこと。そうでしょう海の向こうまでドサ廻りをしていたのですから。そして今月はいきなり鈴本の夜席でのトリを務めるなどなど。今日もこの席が終わったら、鈴本演芸場が待ってるのでしょう。

そして本根多はあまり聴いたことのない話です。田舎の若旦那の恋煩い。相手は糸屋の娘お糸さん。その雪の降りしきる夜に、その逢瀬を色男に横取りされてしまう。その色男はお祭り佐七ということで、演題は『お祭り佐七』?でもこの噺は『雪とん』という演題で語られているものでした。

「お祭り佐七」という噺の一部ということですが、この佐七という色男は、まだ他にも多くのエピソードがあります。歌舞伎にもなっているものでした。

仲入りがあってゲストのストレート松浦さんのジャグリング。ジャグリングは日本式にいうと太神楽です。同じ曲技でも太神楽は色々伝統的な作法があるようだが、ジャグリングは演者の自由。今日も色々見せてくれました。

まずは白緑黄の3個のお手玉。その3個を自由時代に操る。次が糸の上を踊り回る中国独楽。次が色の変わる3つのリング。次がくっ付いたり離れたりの3つの箱。次が踊る棒で、傘を空中で踊らせる。さらにおわん回し、桶回し、その桶がだんだん大きくなる。そして最後が道路工事現場で見かける三角コーンを、2本の棒で踊らせるという具合です。演者のストレート松浦さん、もう汗びっしょりでした。診ている方も手に汗握るという塩梅でした。

そして最後が扇辰師匠に二席目、今度は根多出しされていた『江戸の夢』、これは劇作家の宇野信夫さんが、あの三遊亭圓生師のために書き下ろした作品です。

マクラはこの作品には著作権がかかっているので、宇野信夫さんのご子息の管理している著作権の使用許諾を得るところから始まりました。ご子息といってももうかなりのご高齢で、コンタクトを取るのに随分苦労をしたとのことでした。でも幸いに口演の許諾を得て今日この席という具合です。そしてこの話は若い演者には扱いづらい話ということを言ってました。

人情話とは言っても煎茶の世界の茶人が出てくる、非常に格調高い話です。演者にも人生を積み重ねた風格というものが求められます。そういう扇辰師匠も、もう円熟期を迎えてると言えるのです。

話は淡々と静かに進みました。会場なんとも言えない静寂感。たしかにいくら上手くても若手では、なかなかこの雰囲気は出せないかもしれません。そして気になるのが往年の三遊亭圓生師。学生時代に見た圓生師の残像が、扇辰師匠に重なって見えてきました。

そう言えば扇辰師匠は三遊亭鳳樂師匠からいろいろな噺を教わってきたと聞いたが、鳳樂師匠を通して圓生の芸を伝承したのかなとも思ってしまったのです。そしてサゲが、「氏(宇治)は争えないものだ」。。。これは一捻り考えないとわからないオチですね。会場も一捻り考えた間をおいて、拍手となったのでした。

今日の席がハネたあとは、お誘いを受けた先輩方との席が待っていました。でも話題は落語から鉄道へ。実はその先輩方は皆鉄ちゃんの端くれでした。世の中、「落」と「鉄」を兼ねてる人って案外沢山いるんです。

鈴本演芸場11月上席夜の部 台所おさん主任 11月2日(金)

寄席の番付を見るときに、いつもチェックするのは誰がトリを務めるのか。そこで真打になってそんなに時間も経っていない、そして有力な若手の名前が出てくると行ってみたくなるのでした。

台所おさん師匠は、二つ目で台所鬼〆を名乗ってた時から、注目にしていました。まずは一度聞いたら絶対忘れないその高座名。名前もユニークだがその芸風はさらにユニーク。そんな台所おさんさんです。早や季節も11月を回り、夕暮れも早くなってきました。

17時開場の鈴本演芸場に着いたら、もう薄暗くなっています。チケットをもぎって中に入って、さてどのくらいの客入りなのかな。やはりおさんさんもまだテレビに出ることもないので、なかなか厳しいようです。

      

やがて開演で開口一番は、あれっ子供が出てきた、と思わせる童顔。林家やまびこさんでした。調べたら林家彦いち師匠のお弟子さんとのことです。演目は『子ほめ』でした。結高持ち時間長かったですね。

続いては柳家圭花さん。柳家花緑師匠の門下です。今日のトリのおさん師匠もそうなので、今日は花緑門下がたくさん出てきます。名前が圭花なんというので、女の子かなとおもってたら男でした。

そして演目が『狸の恩返し』なのですが、いつもの札に化けるのではありません。茶釜に化けて寺の和尚さんの茶の伴になったのでした。あまり聞くことのない噺でした。

次が丸一仙三郎社中の江戸太神楽で、仙三郎師匠と仙成さん仙四郎さんの3人で出てきました。そして演目は仙四郎さんの傘回し、仙成さんの五階茶碗、そして吉右衛門ではない仙三郎さんの土瓶回し、最後は花笠と撥の取り分けで締めてました。

そして柳家緑助さん。二つ目になったばかりで今日は2回目の高座とのこと。世界が変わったと言っている。聞くところによれば噺家さんにとって一番変化を感じるのは二つ目になった時ということですが、客目線ではその変化はあまりわかりません。せいぜい羽織を着始めたなということ程です。

でも考えてみれば、前座修業でコキつかわれていた環境から解放されるのだから確かに大違いなんでしょうね。逆に仕事は自分で取ってこなくてはならない。自己責任の世界に入るのでした。緑助さん、今日の演目は『たらちね』でした。

続いて柳家甚語楼師匠。何だか苦玉を噛み潰したような顔で出てきました。そして演目は『粗忽長屋』でした。まさに落語らしい落語ですね。

次がダーク広和さんの手品。今日は会場が余裕たっぷりでやりやすい?そうなんですちょっと寂しい。でもなんだか乗りのいい客が若干名いるようです。そして見せてくれたのがはめ絵パズルのような手品。初めて見ました。

そして柳家勧之助さん。この人も花緑門下で、真打になる前は花ん謝と名乗ってましたね。何だか歌舞伎役者のような風貌で、だから勧之助なんという高座名をもらったのかな?演目は『熊の皮』でした。

そして仲入り前は春風亭一朝師匠。お古いところで吉原の話。そこにゆくためには駕籠をあつらえて通るのが物騒な追い剥ぎの出る蔵前通りということで、『蔵前駕籠』でした。

仲入りがあってホンキートンクの漫才です。それにしてもこのところ、この二人にはよく出会います。今乗ってますね。出てくるなり、乗りの良い客から「待ってました」の掛け声を受けて。絶好調です。しばしのドタバタを見せてもらいました。

次が三遊亭白鳥師匠。「白鳥の湖」の出囃子に乗って、黒と赤のツートンカラーの羽織に白鳥の紋の出で立ちで登場。白鳥ワールドに入りました。でもマクラでおさんさんへのエール。初めてのトリというのは大変緊張するということで、今楽屋で固まってるということです。

そして今日の話は創作で、お馬鹿な看護士みどりちゃんと患者の吉田さんの話、調べたら『ナースコール』という演題でした。

続いてトリの前のヒザは林家二楽さんの紙切り。まず「桃太郎」でご機嫌伺い。あとは会場からのお題に答えて「職務質問」、「猫と鶏」でした。時間が迫ってるようで、この三題で終わりました。

そしてトリは台所おさん師匠の登場です。またしても乗りのいい客から「待ってました!」「たっぷり!」。でも確かに緊張しているようなのです。この緊張が解けて仕草全開の熱演が見られるかな。

昨日が初日で、本当に初めてのトリ。どうも何か失敗があったようです。でもこれから10日まで続けるうちに自分を取り戻してくるのでしょう。

少し長いマクラから、京都へ話が飛ぶ。「祇園祭」かなと思ってたら『愛宕山』でした。でもこれまで聞いてきた『愛宕山』とは随分味付けが違います。黒門町の桂文楽師の流れとも違う、だからと言って桂米朝師匠の流儀とも違う。独特の味付けなのです。

また幇間の一八のお調子もあまり出てこない。それでも話が進むうちに仕草いっぱい、座布団からはみ出るほどに熱が入ってきました。でもやはり以前見たおさん師匠本来のハチャメチャには戻ってないようです。千穐楽前にもう一度見てみたいな。なんて感覚で見ているうちに、一八さん崖下から戻って、30両は忘れてきました。

帰り時の出入り口の櫓では、いつものとおり前座が追い出し太鼓を叩いていました。でもいつも違ったのは通りすがりの人が足を止めて、写メをパチパチやってたのでした。

歌舞伎公演「通し狂言 平家女護島」国立劇場 10月8日(月)

しばらく歌舞伎公演のなかった国立劇場も今月から始まりました。今月の演し物は「通し狂言 平家女護島」。これは俊寛の鬼界ヶ島の場として有名な狂言ですが、通しで演じられるのは23年ぶりということです。

以前から歌舞伎座にもよく足を運ぶが、最近国立劇場との公演の趣向の違いがはっきりと見えるようになってきました。今年の歌舞伎座の公演は舞台ショウの色合いが濃くなって、上演作品そのものが後ろに隠れてしまった印象があります。それと対照的に、国立の方は作品に主眼を置いて、長く演じられなかった場を含めて通し狂言の形で復活させる試みが多いように思えます。今回もその趣向でした。

この作者は近松門左衛門で元々は五段構成だったが、今日の公演ではその中から物語の基幹部分である三段を、三幕構成にして観せてくれました。

それを演ずるのは、中村芝翫(成駒屋)さんが平清盛と俊寛の一人二役、片岡孝太郎(松嶋屋)さんが俊寛妻東屋、そして中村東蔵(加賀屋)さんは後白河法皇。

中村芝翫さんは、襲名して初めての国立劇場でのお目見え、もちろんご子息の中村橋之助さんも、能登守教経役で共演しています。

     

序 幕 六波羅清盛館の場
二幕目 鬼界ヶ島の場
三幕目 敷名の浦磯辺の場
同 御座船の場

そして開演になりました。まずは序幕の六波羅清盛館の場。ここでは虐非道な巨悪の権化、平清盛が出てきます。そこらの小悪役ではない。巨悪なのでそのスケールと憎たらしさをどのように表現するかが魅せどころでした。

それと対照的な俊寛妻東屋の役柄。捕らえられて清盛の前に突き出されてもなお、凛とした美しさを表現するものでした。

次に出てくるのが能登守教経。これが東屋に瞬間への操を立てる自害を進言した。まあ、この辺りの展開は、現代の価値観では受け入れられないものだが、江戸時代まではあり得たのでしょう。

二幕目は有名な「俊寛鬼界ヶ島の場」以前もこの場面だけは何度か観ていました。この場面だけを切り取って公演されることも多くあります。今日は通し狂言の中で、同じ芝翫さんが清盛役を演った後、その敵役の俊寛を演じていたのも今日の見せ所でした。

そしてこの場から海女の千鳥(坂東新悟/大和屋)が登場。清楚な出で立ちで、仕草で可愛さを表現。これが島流しの殺伐とした空気を和ませる要素になっていました。

ここで出てくる敵役が平清盛腹心の瀬尾太郎兼廉(中村亀鶴/八幡屋)。海女の千鳥を御赦免船に乗せないで1人取り残すという意地悪をするが、これは意地悪というよりも杓子定規の官僚主義的な対応とも解釈できるものでした。だからこの場面で怒った俊寛との決闘で討たれる下りには、多少の同情が残るものです。

そしてこの場での見せ所として、海女の千鳥の口説きと、最後に取り残される俊寛の絶望の叫び。その時花道からせり出してきた波の敷物が、やがて舞台いっぱいに広がって、孤島の寂しさを表していました。

三幕目は敷名の浦磯辺の場となり、再び平清盛が出てきます。でも原作ではその間に常盤御前のくだりが挿入されているのですが、この一連のストーリーとは関係のないものなので、今日は割愛されていました。でもなぜ近松門左衛門がこのような場を入れたかという理由は、御赦免船が鬼界ヶ島から帰ってくる、長い時間の経過を表現したいということです。

それは国立劇場での4時間の公演時間には入りきらないものでしたが、この狂言の演題「女護島」は、実はこの場で出てくるものだったのです。

御赦免船が瀬戸内海の敷名の浦に着いて、そこに御座船に乗った平清盛がやってくる。その御座船には後白河上皇が乗っていたのです。そこで清盛が後白河上皇を殺害しようと、船から突き起こしたのを海女の千鳥が救出。しかしそれに怒った清盛に殺害されてしまう。

この間舞台装置の裏方は大わらわ。御座船を回したり波のシートを整えたりと、黒子が右往左往してました。
最後はこの海女の千鳥に加えて、第一幕で自害した東屋の亡霊が現れて、清盛は体の中から燃え上がる炎に包まれて行きました。

左右に海女の千鳥と東屋の亡霊、中央は御座船の上で、炎の描かれた衣装を広げたところで幕となりました。驕る平家は久しからず。

鈴本演芸場9月上席夜の部 柳亭市馬主任 9月5日(水)

台風襲来で予定が狂い、暇になった今日。ならば落語を聴きにゆこうと鈴本へ向かいました。今日のトリは柳亭市馬師匠です。久しぶりの市馬師匠、どんな噺を聴かせてくれるのかな。

台風一過でまだ風が吹き荒れている。東京でもこんな強風が吹いているから、台風の通り過ぎた関西を襲った暴風は、ちょっと想像し難いものがあります。

でもこんな日って、どのくらいの客が寄席に足を運ぶのかな。今日の鈴本もちょっと客足が鈍い気がします。トリが市馬師匠というのに。更に言えば暴風雨の最中だった昨日の夜はどうだったのかな?4人?興味ある人は、是非そういう日に来てください、ということです。

いつもの上手側2列目に席を確保して待つこと暫し、開演です。開口一番は三遊亭ぐんまさん。三遊亭白鳥師匠の二番弟子だそうです。

もうかなり高座慣れをしていて、ウケを意識しながら演技してました。演目は『初天神』。金坊のイメージの重なる顔つきで駄々をこねるのが真に迫ってる。飴を買ってもらえないところで、天を仰いで、「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」息の続く限り叫んで、会場から拍手。見せ場まで用意してくれました。

続いては柳亭市弥さん。先日もそら豆で会ったばかりでした。客席から軽く手を振ったのですが空振りだった。そして今日のの演目は『手紙無筆』でした。でもよく声が通りますね。

そして次が鏡味仙三郎社中の江戸太神楽。仙三郎さん、仙志郎さん、仙成さんの三人で出てきました。いつもの傘回し、五階茶碗、そして吉右衛門じゃない仙三郎さんの土瓶回し。そして笠の取り分けで締めてました。

次が五明楼玉の輔師匠の登場で、演目は『宗論』。落語で宗教を扱うというのはかなり際どい話なのでは、といつも思いつつ笑って聞いてしまう「宗論」でした。

続いて柳家小ゑん師匠。この人はいつも創作で勝負しているので、聞いていて演題がわかりません。部屋のリフォームが出てきたので演題は「リフォーム」なのかなと思って調べたが、わかりませんでした。

さて続いてはペペ桜井さん。ギター漫談です。駅のチャイムシリーズなどなど。

次が春風亭正朝師匠。正統派の古典落語ということで、『蔵前駕籠』でした。吉原の土手八丁が出てきて「蜘蛛駕籠」かなと思ったが、「蔵前駕籠」でした。この噺、久しぶりに聴きました。

続いて仲入り前、古今亭菊之丞師匠です。寄せ通いを初めて10年になりますが、いつもどこかでこの人の高座を見ている。でも10年前と比べて、明らかに年輪を重ねてきていますね。名前は菊之丞のままですが。そして今日の演目は『親子酒』でした。

仲入りに入ってトイレタイム。その時に楽屋から出てきた柳亭市弥さんと顔を合わせた。「観にきたよ!」「あっ、あんなもんです!」。実は彼の今日の「手紙無筆」は、先日のそら豆で演っていた演目なのでした。もしそれを想い出しての一言としたら、彼もなかなかですね。

そしてトイレから戻ると、募金をしてました。今日の北海道の地震へのチャリティということで、こちらも少し協力したのでした。

仲入り後は、ホンキートンクの漫才。最近鈴本でよく見かけるのだが、この二人、今乗りに乗ってますね。喋りだけでなく、息のぴったり合ったコントもなかなか見せます。

続いて柳家喬の助さん。名前は知ってたが見るのは初めてかもしれません。結構声がでかい。「XXXXX続きはWebで。。。」なんてマクラで言ってたが、演目は『宮戸川』。そしてこのセリフをサゲで使ってたのです。「台本が破れて」というのもちょっと今の時代には古臭いので。

そしてトリ前は林家正楽師匠の紙切り。もうあまり持ち時間がないようです。客席からのリクエストも、後を引かないような取り方でした。切ってくれたものは爪や煎餅の袋ではありません。相合傘、内緒話、稲刈りでした。

いよいよあと一席。トリの柳亭市馬師匠です。「待ってました!」の一声がかかります。そういえば今日はずいぶん早い上がりから「待ってました!」がかかってたような。

マクラは短く名工の話。そして飛騨高山と言えば左甚五郎。左甚五郎の噺はいくつかあるが、今日は東下りの鳴海宿。と言えば『竹の水仙』です。改編もない極く伝統的な「竹の水仙」でした。

市馬師匠、なんだか少し痩せたみたい。これまでの筋肉質感がない。体調は大丈夫なのかな。ちょっと気になった高座でした。

ということで21時前。今日の鈴本行脚は終わりました。

祖師ヶ谷大蔵で柳亭市弥独演会 アトリエそら豆 8月26日(日)

この落語会はいつも土曜で、土曜になかなか体の空かない我が身にとって参加できないことが多かった。でも今回は日曜ということで参加したのでした。会場のアトリエそら豆は小田急線の祖師ヶ谷大蔵の有名なウルトラマン商店街の中にあります。その女将さんは世田谷区の創業塾で知り合った人なのでした。何と言っても世田谷区の中で行われる落語会、できるならば足を運びたいところでした。

柳亭市弥さんは柳亭市馬師匠門下の二つ目。最近若い二つ目の露出度が上がり、何人かの売れっ子二つ目はあちこちで見かけます。また有線放送やラジオ番組で、名前の知ってる二つ目さんに出会います、

市弥さんもその一人、前座時代にはあちこの寄席や落語会で見かけました。前座の時から印象の強い人は、その後もスクスク伸びてゆくようです。そして今日もその進化を楽しめるのかもしれません。

蒸し暑〜〜い夕刻です。祖師ヶ谷大蔵の駅を降りで真っ直ぐアトリエそら豆に向かって、入口の戸を開けると、もう営業中ではなく、只今準備中状態です。そして市弥さんもなにやら忙しそうに準備してましたが、開演40分前だというのに高座の設営も何もできていません。そこで女将さんから設営作業の猫の手として駆り出されました。今日は申し込み人数は少ないそうでした。

やがて人も入ってきて17時。少し遅れ気味で開演しました。でもあと二組が来ていません。でもこういう落語会に遅刻したら、演者からうんといじられるんですよ。それを知ってのことでしょうね。

市弥さんもそのつもりでいます。いろいろ地方巡業などのマクラを喋りながら、遅刻者が入ってくるのを待っている。やがて飛んで火に入る夏の虫が3人入って来た。いらっしゃいませ、どうぞ最前列の席へ、と市弥さん座布団の上からご案内です。でもまだあと一組が来ていない。

すると女将さんが1時間間違えてるからまだ来ないよと言ったので、市弥さんようやく羽織を脱ぎました。入った本根多は『手紙無筆』でした。

マクラの時の話し方と、本根多に入ってからの話し方が違う。なにやらどっしりした江戸弁が板についてきたようです。聞いたら生まれ育ちも現在の居住地もこの近所なので、さほど違和感はないのでしょう。

まず一席終わって続けて二席目です。今度は与太郎の出てくる噺。叔父さんから働けと言われて、叔父さんの仕事をやってみると言えば、「道具屋」?、いやそうではない、『かぼちゃ屋』でした。

まあ、「手紙無筆」も「かぼちゃ屋」も、今は見ることもできない江戸の風物。150年以上前の江戸の風物。これを聞き手にタイムスリップした気分にさせるのも落語家の腕の見せ所。今はそれの腕を磨く時期なのでしょう。

短い仲入りがあってあと一席。遅刻者を待ってのマクラが長かったので、今度はマクラ短く入った噺は『甲府い』でした。人情話なので笑いは少ない。今度はしっとりと聴かせなくてはなりません。二つ目にとってはこのような噺は、師匠や兄さん達との共演の場ではできないことでしょう。こういう一人会こそ、腕試しの場となるものと思われます。

観客もしっかり聞き入っていました。たっぷり聴かせて今日の独演会は終わりました。さあ後は打ち上げで名物「市弥弁当」が出てきます。

「市弥弁当」・・・聞いたら単なる幕の内弁当に「市弥弁当」と名付けたものではないそうです。ここには市弥さんの好きなものが入ってる。それは何かと言えば、唐揚げとマカロニサラダだそうでした。すでに高座の真正面にある調理場でも、弁当の用意ができてます。

でもその前に高座を片付けて、テーブルや椅子を元の食堂の配置に戻さなくてはなりません。ここでもまた女将さんの号令一下、猫の手を貸しました。

そしてみんなが席に着いたら、ワンドリンクと例の「市弥弁当」が運ばれてきました。市弥さん、着替えないで客席に入ってきた。いいのかな。そしてその「市弥弁当」を胸に掲げて、ワンショットサービスです。もちろんツーショットもOK。そして各テーブルを回りながら、精一杯のサービスをしてくれました。その「市弥弁当」結構ボリュームがあって美味かったですよ。

てな塩梅で、「真夏の蒸し暑い夜の落語会」でした。市弥さん本当にお疲れ様。今後のご活躍を期待します。

酒米「亀の尾」を使った美味い酒

贔屓の柳家小満ん師匠のエッセイ「小満んのご馳走」を読んでいたら、妙に心に引っかかる一節がありました。それは新潟県の久須美酒造の醸造する「亀の翁」という銘柄を絶賛しているのです。

「獺祭」のような大量販売の銘柄ではない、希少銘柄です。でも小満ん師匠が推薦するなら、何か際立った特徴があるのではと、その久須美酒造を訪ねたこともありました。残念ながら予約なしに行って見学したり、その場で購入できるものではありませんでした。そこで長岡市内にある酒販店で求めてみました。

そのオリジナル銘柄の「亀の翁」は720mlで9千円代。ちょっと手が出ない、と思ってたら、その酒販店の店主が、「亀の翁」と同じ酒米を使って、同じ杜氏が別の酒蔵で作ったものがあるということ。純米大吟醸で価格も1900円だったので迷うことなく購入したのでした。正月に飲んだら実に美味かった。

その時はそれで終わったのだが、あれから「亀の翁」が頭から離れない。調べるうちに同じ酒米「亀の尾」を使った銘柄はいろいろあり、新潟県だけでなく、東北地方一円の酒蔵で作られていることがわかりました。

「亀の尾」はもともとは山形県が起源の米の品種で、寒さには強いが、害虫に弱い一方化学肥料が使えないなど、栽培が難しいということで、一時は米農家から見向きもされなくなった。

ところがこの米を使った酒が美味いという伝説を頼りに、久須美酒造が酒米として栽培を始め、それを使った銘柄として「亀の翁」は製品化されたそうです。さらにその米を他県の酒蔵にも伝えて、これを使った銘柄がいくつも誕生するという経緯がありました。

そして東京でも、通販抜きで手に入ることがわかったのです。渋谷のデパ地下で、酒コーナーの店員に聞いてみると、最近ずいぶん入荷することが多くなったと言っていました。そこで購入したのが「亀仙人」。山形県の銘柄で、「亀の尾」100%精米歩合42%の純米大吟醸。そして生酒。生酒だから冷蔵保管しなくては、味が変質してしまう。1升瓶から冷蔵庫に入るボトルに移したのでした。

以前、二子玉川のデパ地下で宮城県の「阿部勘」という銘柄を購入したことがあったが、「亀の尾」を原材料とした酒には共通の風味があります。酒米として有名な「山田錦」とは明らかに風味が違う。美味いだけでなく、何か強烈な自己主張を感じるのでした。

美味い日本酒の銘柄は沢山ある。「浦霞」「一ノ蔵」「鮎政宗」「妙高山」「八海山」「天狗舞」「獺祭」・・・。でも「亀の尾」の酒は、何か日本酒党として、これが求める酒のゴールなのだという感触を抱いたのでした。

「亀の尾」の由緒