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鈴本演芸場6月中席夜の部 鈴々舎馬るこ主任 6月11日(月)

このところ鈴本演芸場の夜席はちょっと気になってる若手真打が続々。そして6月上席は昨年真打になった鈴々舎馬るこさんの初主任なのです。馬るこさんとは直接言葉を交わしたことはないが、世田谷区の成城ホールでの公演ででよく見かけます。その他にも世田谷との縁の深い芸人さんですね。そんな馬るこさんを鈴本のトリで見れるということで、これを目当てに中席の初日に足を運びました。

折しも台風接近で、雨で肌寒い。客足はどうなのかな。チケット買ってモギりは一番乗りでした。いつもの右側の2列目に席を陣取ったのでした。

     

客足は決していいものではなかったが、どうやら馬るこさんの応援団が来ているようです。何となくざわついてます。そして開演で前座の開口一番。金原亭駒六さんです。名前からして馬生師匠のお弟子さんであることは言うまでもありません。演目は『たらちね』でした。

次が柳家かゑるさん。二つ目には珍しく、袴を履いて出て来ました。柳家かゑるというと、どうも大御所の鈴々舎馬風師匠の若手の頃の高座名だったことが思い出されます。調べたら孫弟子でした。その間に柳家獅堂師匠がいたのです。でも鈴本の寄席であまり見かけることのない人です。

かゑるさん、声がでかい。その前の駒六さんが落ち着いた声だったので、余計にそのデカさが目立ちます。演目は『子ほめ』でした。

続いてアサダ二世さんの手品。今日はちゃんとやります、の一言で始まりました。そして今日は今まで見たことのなかった芸を見せてくれたのです。それは赤と白の紐を輪にして繋いで、一瞬で白と赤の輪を入れ替える。タネも見せてくれたが要は目の錯覚を使ったものですが、やはりそこは年季の入った芸ですね。寄席の手品ってこんなもんですよ、とさりげない一言でかわしてゆきます。

そして柳家小せん師匠。先日の三K辰文舎の落語とライブで見たところでした。きょうは本業の落語です。演目は『黄金の大黒』。だんだん調子が上がって、小せん節炸裂で終わりました。

次が柳亭燕路師匠、久しぶりに見ます。でもあまり変わりはありません。落語にとって泥棒の噺はおめでたい噺ということで、泥棒の出てくる噺なのだが、あまり聞いたことのない噺。

「出来心」「鈴ヶ森」「締込み」「転宅」「穴泥」「もぐら泥」「だくだく」「釜泥」・・泥棒話は多けれど、今日のは『夏泥』でした。

続いては柳亭こみちさん。ここは色物の時間なのだが、またまた落語家が出て来ました。漫才のトンキーホンクの一人が急病で、その代演だとのことです。昼頃に呼び出されたと言ってました。

そこで落語家であるにもかかわらず、色物の芸を依頼されて、寄席の踊りのレパートリーを2題披露。「奴さん・姐さん」そして「かっぽれ」でした。この人日本舞踊もできるようで、にわか仕込みではないものを感じたのです。

次が古今亭文菊さん。落ち着いた講座の雰囲気で、出てきた話題は「あくび」。それも駄あくびではなくあくび道というべきか。『あくび指南』でした。筋書きは普通の「あくび指南」から少し改編していたようです。

そして仲入り前は三遊亭歌之助師匠。もともと薩摩出の芸人さんなので江戸の古典落語はなし。創作中心なので、聞いたことのある古典根多は出ないだろう。

そして来年春に四代目三遊亭圓歌を襲名します。それがあるためか、今日の演目は師匠の三代目圓歌の追憶でした。この人は涙もろいようです、親愛なる亡き師匠の思い出話ということで、最後は目に涙してたようです。

仲入りがあって、幕が開くとペペ桜井さんのギター漫談。東京の駅のチャイムから始まって、ギターを道具にした芸を聞かせてくれました。

次が春風亭一朝師匠。マクラも短く始まったのが『野ざらし』でした。始めの部分を結構時間をかけて演っている。でもやはりトリの馬るこさんを凌ぐような講座にはならないよう、途中で切って下りてゆきました。

トリ前のヒザは翁家社中の江戸太神楽。今日は小助さんと小花さんのコンビで出てきました。落語協会のHPの芸人プロフィールを見ると、メンバーは小楽、和助、小花の三人でしたが、もう小楽師匠は出てこないのかな。。。持ち時間も推してるようで、「五階茶碗」と「ナイフの取分け」でした。

そして最後のトリが鈴々舎馬るこさん、いや馬るこ師匠です。出てきたら追っかけ隊が満を持してたように「待ってました!」。いやぁ初の鈴本の主任、そして初日から「待ってました!」は嬉しいの一言でしょう。地元の世田谷区でもよく見かける人だから、こちらも半追っかけ隊の気分で聞いてました。

さて夏の噺として入った噺は『青菜』。もっと重いネタかなと期待していたが、でもこの人は軽い話にもくすぐりの尾鰭を沢山をつけて演じる人だから、しっかり持ち時間いっぱい演ることでしょう。

そして植木屋のカミさんが押入れから出てくる場面、その暑苦しさは真に迫ってました。痩せ型の人よりも、太目の人が演じた方が夏の実感が湧く噺ですね。むっとした熱気が伝わった後、弁慶にしておけで終わりました。馬るこさん汗びっしょりでした。

今日は観客数こそあまり多くなかったが、何か会場の乗りのよかった日でした。

花形演芸スペシャル 受賞者の会 国立演芸場 6月1日(金)

国立演芸場では毎月若手の登竜門としての花形演芸会が行われていますが、その出演者の中から毎年際立った芸を見せてくれた芸人さんを表彰しています。その受賞者の会が今日の演芸会でした。そして大賞受賞者は笑福亭たまさんです。

確か5月月初にチケットを取りに行ったが、既に満席で受付は終了していました。しかし昨日何気なく見ていたら、席があるではないか。

早速取りに行って空席状況を確認したら、空いてる席はたった一つ。でも5列目のいい席だったので、迷わず確保しました。今日の公演でも誰かが、今日のこの公演はチケット争奪戦だったと言ってました。

今日の公演は開演時刻が18:00。ということは番組も盛り沢山ということを意味します。なので早めに行かなくてはなりません。

入場して席に着くと次から次へと席は埋まり、本当に100%の満席状態です。満員御礼と言いながらも実際は空き席がパラバラ、ということはよくある光景だが、今日は本当に満席なのです。そして観客も何かを期待している空気です。

そして開演、そして開口一番は前座の柳亭市坊さん。名前からして柳亭市馬師匠のお弟子さんで、まだデビューして1年そこそこ。演目は『たらちね』でした。

続いては雷門小助六さん、ここから先に登場するのは全て受賞者です。小助六さん、歌舞伎の話から入ったのが『武助馬』でした。

次が桂福丸さん。この人は上方です。そして入った話が『元犬』。上方の「元犬」は江戸とどう違う、という興味が湧きました。江戸では舞台が浅草浅草寺だったが、上方では天神さん。というのは天満天神宮ということですね。あとはだいたい同じ展開でした。

そして次が三遊亭萬橘さん。相変わらず眼鏡をかけて登場そのままマクラを語り、やがて眼鏡を取ると本番です。今日の話は『壷算』でした。

それから幕が下りて再び開くと、江戸家小猫さんです。とかく色物は落語の間に挟まって時間調整役になりますが、今日は対等です。しっかり時間をもらって、鶯犬猫鶏・・。

そして当代の小猫さんは、動物の声を求めてアフリカまで渡り、普通の人が聞いたこともない動物の鳴き声を再生するのです。似てるかどうか、、、わかりません。なにせ本物を知らないのだから。そして仲入りです。

仲入り後は贈賞式。橘家圓太郎師匠の司会で始まりました。今日の出演者7名(前座を除く)が順番に呼ばれて、舞台に勢揃いです。銀賞の雷門小助六さん、桂福丸さん、鈴々舎馬るこさん、金賞の三遊亭萬橘さん、江戸家小猫さん、ストレート松浦さん。そして大賞の笑福亭たまさんです。でもまだあと二人いるのです。

それは銀賞の桂佐ん吉さんと金賞の菊池まどか(浪曲)さんでしたが、今日は都合あって出演できず。その後芸術文化振興会の理事長から表彰状と金一封が授与されました。

芸術文化振興会は理事長が交代したばかり。でも前理事長も今日の贈賞式に草葉の陰ならぬ客席から熱い視線を送っていたのです。

これで終わりと思いきや、圓太郎師匠、一人一人にインタビューが始まりました。それが長い。延々7人、でも最後のたまさんには特に長くやらなくてはいけません。大幅に時間超過でした。

一度幕が下りてまた上がって、橘家圓太郎師匠。今日はゲストということでした。そして演目は『祇園祭』。今日の登場演者は江戸と上方が混在していて、その違いを意識させるような噺。でも厳密に言うと、「祇園祭」に出てくるのは、大阪ではなく京都なのでした。

次が鈴々舎馬るこさん。昨年真打になり、今乗りに乗ってます。体重は100キロを超えてるとのこと。そしていつもの図抜けた滑舌で、『真田小僧』を聞かせてくれました。

続いてはストレート松浦さんのジャグリング。トリ前の色物は、トリに忖度して時間調整役がいつもなのだが、今日は違う。時間制限なしということでした。

ジャグリングとは江戸太神楽とは一味違う曲芸の世界。汗びっしょり、フェイスタオルを何枚も使って汗を吹きながら、BGMまで口ずさみながら、たっぷり見せてくれました。最後はさぞお疲れの様子でした。
そして最後が大賞の笑福亭たまさんの高座。幕が開いたら見台膝隠し小拍子の三点セットが設えてありました。そして登場です。

今日の演目は何と『鰍沢』。普通に演って30分以上かかる噺を13分に縮める。一体どんな話になるのか。
出てくる旅人は和歌山から、鰍沢の山小屋に住む女は大阪から来たという設定です。でもこれが上方版「鰍沢」の含みでした。

和歌山弁ではざじずぜぞをだぢづでどと発音するとのこと。そこで旅人がサゲで「お材木で助かった」が「おだいもくでたすかった」という発音になって、語呂がぴったり合うという趣向でした。

そもそも「鰍沢」のサゲは拙劣と言われているものだが、この趣向で少し気の利いた地口オチになったのです。それ以外にも、途中でお囃子ではないBGMを入れたりなど、実に派手な演出の「鰍沢」でした。

てなことで終演時刻は21:15の予定が22:00少し前。それにしても盛り沢山で、疲れるほどに楽しませてもらった今日の演芸会でした。

第15回 3K辰文舎 落語&ライブ 文京シビックホール 5月22日(火)

3K辰文舎とは何ともわけのわからないネーミング。でもちゃんと意味があります。出演は入船亭扇辰師匠、橘家文蔵師匠、柳家小せん師匠の三人組。3Kは三人の本名のイニシャル、辰文舍は高座名から取ってきたということです。

でも結成したのは10年前で、その内二人はその頃から高座名が変わっています。文蔵師匠は以前は文左衛門、小せん師匠は鈴々舎わか馬と名乗っていました。でも「辰文舍」は変えずに残ってる。変えたらサンケイ新聞社との語呂合わせが狂ってしまう。まあ、言葉遊びのややこしい話です。

今日の会場は文京シビックホールだが、そこは東京ドームと隣り合わせです。でもとにかく人通りが多い、今日は巨人の試合があるのかなと思ってたら、後から聞いたらモモクロのコンサートがあるようです。道理で。

さて、少し迷ったが会場の文京シビックホールに到着。それにしても広く立派な施設です。これって文京区民のための施設なんですよね。世田谷区にはこんな施設はないと、羨ましい気分です。そして落語&ライブ会場は奥の小会議室でした。席数は成城ホールより少し少ない程度でしょうか。でも笑点出演の噺家さんは別としても、この会場を満席にするのはなかなか難儀な事でしょう。

やがて開演となり、「から傘」の出囃子が鳴り、幕が開くと開口一番は、贔屓の入船亭扇辰師匠です。黒紋付と正装で出てきました。そして今日の公演の紹介です。「3K辰文舎」の語源についても話してました。でも今日の席の埋まり具合は残念そうです。

そんな話から今日は軽くという事で、演目は『死ぬなら今』。要は閻魔大王が不在の今こそ、死んだら極楽へ行けるという、他愛のない話です。

続いて橘家文蔵師匠、マクラはほとんどなく始まったのが『ちりとてちん』。話が進むに従って、だんだん動作が大げさになり、「ちりとてちん」を嗅いだ瞬間高座にドタンと倒れ込む。その臭気が伝わってきたのでした。

そして仲入り前のトリは柳家小せん師匠です。扇辰師匠が、今日は小せんさんがトリで、自分は引き立て役ということを言ってたので、何か面白い趣向を見せてくれるのではという予感。そこで「歌は世につれ人につれ」とばかりに、昭和初期からの世相と流行歌を実演付きで演り始めました。

最近は社会を映すような流行歌の生まれにくい時代と言われているが、こうやって聞くと昭和の時代は本当に歌と世相が結びついていたのです。それにしても何曲歌ったのか、だんだん顔が赤くなってきて熱が入ってきました。そして戦前、戦争中、そして戦後の流行歌を一通り唄って降りてゆきました。

ところで演目名は、とあとから演目表を見たら『ガーコン』。そうか川柳川柳師匠の根多でした。でも川柳師匠以外にも何人か持ち根多にしてるようです。初めて聴いて知らなかったのだが、結構有名な噺なのでした。

15分の仲入りがあって後半は舞台にピアノや音響機器が据え付けられ、ライブの始まりです。左は文蔵師匠、右は小せん師匠。そしてセンターが扇辰師匠という配置です。

演目は、1970年代、80年代の懐メロが中心だが、どうも歌のタイトルが思い出せない。後で歌ったタイトルは全て演目表に書かれていました。

三人が順番に歌うという事でまずは扇辰師匠から。次は文蔵師匠、そして小せん師匠。落語の中であんなに歌ったのにまだまだ歌うようです。少し声が枯れかかってるのでは。

持ち込んでる楽器も三人三様、というかギターは3人とも持ってきていて、小せん師匠はギター専科。扇辰師匠はそれに加えてピアノも弾く。そして文蔵師匠は打楽器を持ち込んでました。それにしてもいろいろな音を出す。ちょっとふてくされたような顔をして叩いていたのが面白かった。

でも今日は文蔵師匠はツイてなかったようです。ギターを倒してしまったことが原因かわからないが、本番中の舞台の上で音程合わせ。でも演ってるのが落語家だから、ということで会場みんな笑って済ませてました。

そんなハプニング満載の舞台に強力な応援団が来ていた。「3K辰文舎」の横断幕を掲げて応援している人もいたのです。やはり常連もいるこの落語&ライブの舞台。実は小生も何度も足を運んでるのでした。

てな事で楽しいひと時も終わりに近づき、予定されてたアンコールで一人一人あと3曲。でも時間がかなり回ってた。その原因は文蔵師匠のハプニングだったのでした。

終わってからJR水道橋へ向かう道中。人また人の波。人口減少の日本でなんでこんなに人が溢れてるのか、と言いたくなるくらいの人の波に揉まれながら水道橋駅にたどり着いたのでした。よくよく考えたら、モモクロのコンサートも終わったところなのでした。

團菊祭五月大歌舞伎 昼の部 歌舞伎座 5月11日(金)

今日は久しぶりの歌舞伎座です。お目当は市川海老蔵(成田屋)さん。今月の公演は昼夜の二部構成ですが、昼の部は海老蔵さん一人五役という、まさに超人的な役回りです。そして夜の部は尾上菊五郎さんと音羽屋の出番です。

團菊祭というのは毎年五月にやっているが、起源を辿ると明治時代の九代市川團十郎と五代尾上菊五郎の功績を称える吉例公演だそうです。そう言えば12代市川團十郎沒周年ということです。なので成田屋の看板を支えるの海老蔵さんが、昼の部はは主役以上の存在です。

         

やはり海老蔵人気はただならないものがある、開演30分前に着いたら歌舞伎座の周りは人がいっぱい。入場したら大部分の席は埋まっていました。そして座った席は二階席の最前列。役者との距離は少し遠いが、花道はしっかり見える席です。何といっても前の席に福禄寿のような人に座られることを心配する必要もない。

今日の演目は、通し狂言『雷神不動北山櫻』。この狂言の中の、二幕目が「毛抜き」、そして三幕目が「鳴神」として、歌舞伎十八番として単独で上演されているものでした。そうか、これが海老蔵さんが一人五役を演る背景なんだな。

そして今日の構成は

『雷神不動北山櫻』時は平安時代です
口上  市川海老蔵
発端  深草山山中の場
序幕  大内の場
二幕目 小野春道館の場(歌舞伎十八番「毛抜き」)
三幕目 第一場 木の島明神境内の場
三幕目 第二場 北山岩屋の場(歌舞伎十八番「鳴神」)
大詰  第一場 大内塀外の場
大詰  第二場 朱雀門王子最期の場
大詰  第三場 不動明王降臨の場

その五役というのは、早雲王子・安倍清行・粂寺弾正・鳴神上人・不動明王。それぞれが性格の異なる人物役。海老蔵さん休む暇もない変わり身です。そして舞台の上での早替わりもあるということです。

開演してまずは口上。幕が開くと舞台の中央に赤毛氈と座布団、そこに海老蔵さんが深々と頭を下げて座っていました。そして開口一番の口上、その中で今日の演目の『雷神不動北山櫻』の紹介説明、その中での五役の事も話していました。背景にはその五役の肖像が。

口上が終わってセリが下りて、まずはこの狂言の発端です。いきなり立ち回りでした。海老蔵さんまず、天皇になりたい野心を持つ早雲王子で登場、この狂言最大の悪役です。それが鳴神上人をそそのかして、龍神を封じ込めて日本中に雨が降らないようにする。旱魃が起きる。これがこの狂言の一つのテーマでした。

次の序幕では軟弱な安倍清行、100歳を超えた色事師役でした。旱魃に悩む百姓に請われて現れた早雲王子に早変わり。てもその早雲王子は百姓の心を掴むいい子になってしまいました。

ここに出てくる「ことわりや」の短冊には、小野小町の歌が詠み込まれてる、それは雨乞いの歌。「千早ふる神もみまさば立ちさばき天のとがはの樋口あけたまへ」と説明されていました。でも調べてみると「ことはりや日のもとなればてりもせめさりとてはまた天が下とは」という歌の方が多く伝わってるようです。

第二幕は、成田屋の歌舞伎十八番として有名な「毛抜き」の場面です。ここでは海老蔵さん、文屋豊秀から小野春道館への使者、粂寺弾正として登場しました。ここでは磁石によるマジックでが出てきます。錦の前の姫の髪飾りの磁石で、姫の髪が逆立つ。そして暇つぶしをしていた弾正の毛抜きが宙に浮く。このからくりを弾正が見抜くというくだりでした。

第三幕目は、これまた歌舞伎十八番の演目「鳴神」で、この幕の見せ所は、清廉潔白な修行僧だった鳴神上人が、雲の絶間の姫(尾上菊之助/音羽屋)の色香に取り込まれて、生臭坊主に転落し、さらに騙されたことを知った怒りで、鬼神に変貌するところでした。ここでも海老蔵さんは後見の手助けを受けながら、早変わりそして早変わり。

この雲の絶間の姫とは、関白基経が鳴神上人を陥れて、雨を降らせるために派遣したハニトラだったのでした。鳴神上人の寝ている間に、滝の岩と岩を結ぶ注連縄を切って龍神を解放。雨が降り始めました。

それにしてもハニトラというのは古今東西、敵を陥れる手段としては有効なんですね。今世間を賑わすスキャンダル。助平な高級官僚が、メディアのセクハラを装うハニトラ取材で陥れられた事件と重なってしまいました。

大詰めは早雲王子の最後の場。悪事の露見した王子を捕らえようとする捕り方との、実に派手な立ち回りでした。でも王子は強い。捕り方は次々にトンボを切って倒れる。でもまた生き返る。

花道の上で木遣りの梯子乗りのような芸。舞台装置の2メートル位の高さから、もんどり打って飛び降りたり。失敗して怪我しやしないかとハラハラしながら見てました。

そうかと思えば、王子と捕り方が交錯して、梯子と縄で成田屋の三枡紋を作ってみたりなど、魅せどころ満点。そして衣装も平安時代には考えられないもの。こんな時代考証クソッ喰らえの演出も歌舞伎の面白さです。そして最後に早雲王子は捕り方に捕らえられるのではなく、不動明王の天の声で成敗されたのでした。

大詰め、最後は不動明王の降臨。真っ赤な照明に染まった舞台に現れて、剣を持って森羅万象正しい道に導く教示をしたのでした。勿論この役も海老蔵さんで、本当に最初っから終いまで、出ずっぱりの忙しい舞台でした。

ここで今日の公演は全て終わったと勘違いしたら、実はもう一つ残ってました。それは舞踊の『女伊達』、木崎のお光さん。それが滅法強いのです。

演じるのは中村時蔵(萬屋)さんで、喧嘩相手の男伊達が中之島鳴平(中村種之助/播磨屋)と淀川の千蔵(中村橋之助/成駒屋)。

二人の男伊達を追い払いながら、理想の男伊達、花川戸助六を想うという歌と舞踊でした。

これでようやく終演です。でも今日の公演は実に話題豊富。さらに夜の部には音羽屋の舞台が待っているが、今日はここまで。

折しも成田屋の屋号の由緒である、成田山新勝寺の御本尊の不動明王の像がご開帳されてました。勧進を募ってたので、幕間にお参りしたのでした。

あとこの團菊祭のテーマとして、平安時代の六歌仙にまつわる話を出してゆくというものがあり、まず小野小町だったのです。六歌仙の中には文屋康秀が入ってるのだが、今日出てきたのは文屋豊秀でした。そして夜の部には喜撰法師が出てきます。

ということで楽しんただけでなく、知識的な欲望も満たしてもらって歌舞伎座を後にしました。

三代目三遊亭圓歌 一周忌追善落語会 国立演芸場 4月22日(日)

あのやまのあなで楽しませてくれた三遊亭圓歌師匠が亡くなって丁度一年。今日はその追善落語会です。とにかく圓歌師匠の話しは生で聴いても録音で聴いても面白い。そしてその一門を見ると沢山のお弟子さんも育てていたのでした。

今日の落語会は国立演芸場で二部構成、その後半の方でした。開演が17時ということで変則スケジュールです。だいぶ日が傾いた時刻に会場に到着しました。

入り口には「満員御礼」の立て看板、相当賑わいそうな予感です。そして会場に入ったらもう大部分の席は埋まってました。贔屓筋や一門の関係者なども多かった事でしょう。そして緞帳には三代目三遊亭圓歌の文字が映し出されてる。

    

やがて開演で幕が開くと、一門の人たちが並んで、総領弟子の三遊亭歌司師匠の口上が始まりました。そこでいきなり大ニュース。それは歌之助師匠が四代目圓歌を襲名するという事でした。そこで会場にどよめきと拍手が起きたのでした。後方の席だったのでよく見えなかったが、前列中央に位置していた歌之助師匠、心なしか涙ぐんでいたようです。

口上が終わってから一度幕が下り、再び空いて三遊亭歌実さん。歌之助師匠のお弟子さんで師匠と同じ鹿児島県出身。そして高校野球で有名な鹿児島実業だそうです。それで歌実という名前なんですね。演目は聞いたことのない話。でもこの一門は創作根多が多いから無理ありません。後から演目表で確認したら『KPA』でした。

続いて三遊亭美るくさん。この人は歌る多師匠のお弟子さんですね。演目は古典で頑張って『たらちね』でした。

次が三遊亭歌奴師匠。先日鈴本のトリで見たばっかりです。まだ浅い上がりなのであまり重い話はないことでしょう。相撲の話から『佐野山』。横綱谷風の人情八百長相撲の話でした。

そして三遊亭歌る多師匠の登場です。ちょっと変わった柄の着物を着ている。何と圓歌師匠の長襦袢の生地を使ってるそうです。でも圓歌師匠の体形はミニチュアサイズなので、パッチワークのように他の生地を継ぎ足して仕立てたとのことでした。

そして演目は、地噺ということで『西行』。これもかつては圓歌師匠の得意根多だったんですね。晩年は聴くこともできなかったものです。

次が三遊亭若圓歌師匠です。若圓歌といってもあまり若くは見えません。この人も圓歌師匠から譲り受けた着物をで出てきてました。でも自分だけは仕立て直しをする必要はなかったと、自虐的なひとこと。そして演目は何と『授業中』。そうです、あまりに有名な「やまのあな」でした。

そして仲入りとなって、やがて後半の始まりです。会場の照明が消えて真っ暗になりました。響いてくるのが圓歌師匠の出囃子「二ツ巴」、実に調子の良い響きです。そして遺影が映し出されて、『中沢家の人々』の一部の録音が流れてきました。そこで暫し笑ってから、再び真っ暗になり次は一門の代表による対談です。

舞台が明るくなると、歌扇さん、鬼丸さん、歌奴さん、歌る多さん、若圓歌さん、歌之助さんが少し間を置いて座ってました。歌奴さんが司会をして一人一人が亡き圓歌師匠の思い出話をしてました。

それぞれ居並んだところを見るにつけ、実に芸風が多種多彩であることに気がつきます。そして創作派が多い。これが圓歌一門の特徴なのでしょう。

そして再び落語で、三遊亭歌扇さん。まだ二つ目なのに仲入り後に登場することにちょっと遠慮。演目は創作でピザの話。やっぱりピザは向島に限ると、「目黒のさんま」の向こうを張ってました。

続いて三遊亭鬼丸さん。一周忌追善というのに、来ている羽織の色は蛍光色。そして黄色の足袋。名前の通り、一門の鬼っ子のようです。そして演目は『新岸柳島』。でも舞台は乗合船ではなく現代の地下鉄の電車。聴いていて『岸柳島』を思い浮かべて、あとから演目表を確認したら、本当に「新岸柳島」でした。

そして今日唯一の色物で、大瀬ゆめじ・うたじさんの漫才、ではなかった。うたじさんだけだった。もう随分前にコンピ解消と聞いてたので、またよりが戻ったのかなと期待しましたが、この案内チラシはフェークでした。やっぱり一人だけだったのです。

最近は何度か浅草東洋館で見かけたとき、内海桂子師匠の脇で締め太鼓を叩いていました。その鳴り物を持って舞台に上がってきたのです。パーカッションもどきの意味不明の打楽器。でもそれを叩いて聞かせてくれました。

そして最後が今日の主役、三遊亭歌之介師匠です。とにかく四代目圓歌襲名で一気に注目を浴びることになりました。しかし調べると歌之助師匠はもう還暦間近。長寿化時代で三代目も長生きされたので、この襲名も遅咲きの桜と言えるでしょう。

先日鈴本での歌之助師匠は、歌と古典落語は下手だと言ってたので、よもや古典の大根多はないだろうと思ってましたが、出てきたのが『坂本龍馬伝』。でもその話の展開は脱線に次ぐ脱線。そういえば昭和の爆笑王、あの先代林家三平師が、こんな調子で「源平盛衰記」を語ってたのを思い出しました。

「坂本龍馬伝」、それだけならば1分で語れるものを延々30分。その時間の無駄こそが笑いの源泉なのでした。

三代目圓歌師匠を懐かしむ気持ちと、四代目圓歌師匠誕生を祝う余韻を残して、今日の公演は終わりました。

鈴本演芸場4月中席夜の部 三遊亭歌奴主任 4月18日(水)

先月に続いて今月も鈴本演芸場の中席夜の部にやってきました。今日の主任は三遊亭歌奴師匠です。歌奴師匠に親しみを感じる最大の要素は大分県出身ということでしょう。

それにしても江戸落語の世界に大分県を始め、鹿児島県など遥か遠方の九州出身者が、上方を飛び越して東京に来ているのです。そして落語協会会長の柳亭市馬師匠も大分県出身ということで、今日は大分鹿児島尽くしの日のようです。

さて今日はちょうど開場時刻に鈴本演芸場の入り口にいました。先月の桃月庵白酒師匠の時は開場待ちで行列ができていたが、今日はそのような行列は見られない。今日は水曜と平日ということもあるのかもしれません。

          

鈴本演芸場の番組案内の4月中席を開くと歌奴師匠の写真があってその下に割引券のリンクがありました。それを提示すると¥2,800円の入場料が¥2,500円に割り引いてくれるのです。それを使ってチケットをモギリ会場に入ると、う〜〜んいささか寂しい。そりゃあまだ開場してないから、とはいうものの、トリの歌奴師匠の登場の時にはどのくらい埋まってるのかな、というのがちょっと気になりました。
やがて開演。開口一番は前座の春風亭きいちさん。一之輔師匠のお弟子さんとのことです。演目は
桃太郎』。でもいつも聞いていた「桃太郎」とは少し筋書きが違ってました。前座は師匠から教わった通りに演じるということなので、これは一之輔流の「桃太郎」なのかな。

次が三遊亭歌実さん。歌之助師匠のお弟子さんということです。今回の番組の中では二つ目5人での日替わり交代出演となっています。歌実さん、まず三ぼうの話から入って泥棒の話、そして演目は『出来心』でした。

続いては翁家社中の江戸太神楽。今日も翁家和助さんと小花さんでした。演目は傘回し、五階茶碗、土瓶、そしてナイフの取り分け。いつもの芸の中に目新しい演出をちょっとずつ入れるという趣向で、今日は五階茶碗を最初の茶碗と化粧房を積むところまで和助さんがやって、その後小花さんにバトンタッチしていました。

次が桃月庵こはくさん。二つ目なりたてのほやほやで、前座の時には着れない紋付が着れるようになったのが嬉しい。その紋は桃の紋で、師匠の白酒師匠と二人しか使わない紋だそうです。犬猫の話から入った話は『元犬』でした。

これまでが若手中心でいきなり入船亭扇遊師匠。空気はどっしりとした重いものになりました。しかし噺は軽い『手紙無筆』。そういえば扇遊師匠は居住地が近いらしく、時々渋谷から帰宅する時に乗るバスで見かけることがある。もちろんこちらは気がついても、むこうはわかるはずがありません。

続いてホンキートンクの漫才。いきなり賑やかに出て来ました。でも残念ながら客席はまだまばら、その勢いが空振りしたような感じです。でもそんな残念さは顔に出さず、一生懸命です。でもきっと今日はやりにくかったでしょうね。

次が古今亭菊太楼師匠の落語に戻りました。元々古典を得意とする人なので落ち着いた雰囲気で話し始めたのが幇間の話。お暇な伊勢屋の若旦那の始めた趣味が鍼とくれば、『太鼓腹』でした。

そして仲入り前は三遊亭歌之助師匠です。今度は何となく落ち着かない。歌と古典落語は下手だと言い放って、とりとめのない話。でもぼんやり聞いているとそこに駄洒落が入って、その駄洒落の意味がわからなくなる。何だか試されてるみたいです。そんな調子で持ち時間も過ぎ、仲入りになりました。

仲入り後は林家正楽師匠の紙切りの芸。まずはいつもの相合傘でご機嫌伺い。そこですかさず『三社祭』とお題をなげました。そこで切ってくれたのがコレ。その後は「藤娘」、「勧進帳」、そして「圓歌師匠と歌之助師匠の対談」でした。

そして橘家文蔵師匠の登場です。ゆっくりと上がってぐるりと客席を見回して、失望感。仲入り過ぎてもまだ客足が遠いのでした。いったいいくらもらえるのかと、ワリの計算が頭を過ぎったようです。一瞬冷たい風が吹いた後は、静かな控えめの『道灌』でした。

次は柳家小菊姐さんの粋曲、俗曲とも言いますね。ひと時の彩りです。「梅が咲いたか」、「都々逸」、「さのさ」、そして今日は特別にと「有明」、そして「品川甚句」で締めてくれました。そしてトリの歌奴師匠も準備ができてるようです。

そして今日のトリ三遊亭歌奴師匠の登場。春らしい明るい色彩の装いで出て来ました。何となく華というものを感じます。もう客の入りなんてどうでも良い。とっておきの芸を見せるという構えです。

短いマクラで始まったのが質屋の話。質屋とくればもう『質屋蔵』しかありません。ウチの三番蔵に夜な夜な幽霊が出る!

この噺は結構前置きが長い。質草に残った持ち主の気のいきさつ。熊さんの酒、沢庵、味噌、醤油の話。そして三番蔵の見張りという展開です。歌奴さん、滔々と語ってました。そして最後が「東風吹かば匂いおこせよ梅の花・・・・」、菅原道眞公の亡霊が出て来て、また流されるといけない。

終演は21時前。外は雨はないが少し冷んやりする天候でした。

「伝承話藝を聴く會」神保町東京堂ホール 4月7日(土)

今日は神保町の東京堂書店で10年続いている「伝承話藝を聴く會」です。単に10年続いているだけではない、同じ出演者の顔ぶれも10年続いているのです。それは落語の桂藤兵衛師匠、柳亭小燕枝師匠、そして講談の宝井琴柳先生です。

同じ顔ぶれが10年続いてるということは、みんな揃って10年歳取ったということなのだが、出演者だけでなく、主催者も観客も同じ運命なのです。あっ忘れてた、もう一人いた。武蔵野美術大学の今岡謙太郎教授だが、この人は最近見かけません。以前は江戸文化という視点で寄席などの演芸についての蘊蓄を聞かせていただいたものでした。最近はそれに代わって橘流寄席文字書家の橘右樂師匠が登場されることがよくあります。

あと、以前は会場が清澄庭園の大正記念館のホールだったのが、今は神保町の東京堂ホールに変わっています。そして今日はといえば、、、やっぱりいつもの顔ぶれでした。

1時間以上早く着いてしまって、一番乗りと思ってたら、すでにお一人先客がいました。うーん上には上がいる。最前列の席を陣取り暫し時間つぶしです。

やがてパラパラと席が埋まって、開演時刻には90席くらいの会場はほぼ満席になりました。最近この落語会はいつも満員御礼状態で大変めでたいところです。

そして開演。開口一番は柳亭小燕枝師匠です。まずは「一杯のお運び、厚く御礼申し上げます」。今日も根多出しされていて、まずは『堪忍袋』です。その前に結構長いマクラがありました。そこで新宿末廣亭で来月の中席夜に「小さんまつり」ということで、先代五代目柳家小さんの17回忌の特別公演だそうです。その宣伝をしてました。一門総出で先代小さんの得意根多「万金丹」「笠碁」などを演るということです。しかし27回忌はやらないだろうって。なぜならその頃には一門も高齢化が進んで半分はいなくなるってことでした。

そして本根多の「堪忍袋」に入ってゆきました。これは家族円満袋で、こういう袋が本当にあったら、きっと世の中平和になるのではと思わせるものです。しかし満杯になった堪忍袋の緒が切れた時は大変。小燕枝師匠、いつもにも増して楽しそうに演じていました。

続いては桂藤兵衛師匠で、根多出し演目は『甚五郎のねずみ』。普通には「ねずみ」と呼ばれている噺でした。マクラは短めで、名工左甚五郎という人の伝説。どうも実在はしたようだがよくわからない、というのが本当のところのようです。

でも落語の根多では「竹の水仙」、「三井の大黒」、「ねずみ」が多くの演者が高座にかけていますが、どの噺も名工の作品が超常現象を巻き起こす。やはり伝説先行の人のようです。

そして藤兵衛師匠は「竹の水仙」を演ることが多く、この噺を高座にかけるのは久しぶりと言っていました。いつも珍しい噺を演ることの多い藤兵衛師匠で、演題が「甚五郎のねずみ」と普通ではない雰囲気。普通ではない筋書きの展開があるのかなと思って聴いてました。

それはここに出てくる左甚五郎という男に関して、藤兵衛師匠の描く茫洋としたイメージ、要は掴み所のない人物として表現するようなこだわりがありました。この甚五郎という人物の描き方に注目して聴くと、この話の味わいを楽しむ事ができる。そう言えばCDで聴く昭和の名人の桂三木助師は、何とも人を食ったような人物描写をしていました。

仲入りがあって今日のトリは宝井琴柳先生の『祐天吉松・祐沢の義侠』。今日の演目解説を見ると、『祐天吉松』を読ませていただきますとあり、高座に上がった琴柳先生、なにやら古い書物を手にしています。台本なのかな。

調べるとこれは実に長い噺です。祐天吉松というのはスリから堅気になり男が、再び悪い仲間にそそのかされて波乱万丈の話の展開する物語で、その一生を語り聞かせるものです。

明治時代には長編の講談として人気があったとありますが、今ではその中で、飛鳥山での親子の出会いの場がよく演じられてるようでした。

今日はこの長い話の一部を切り出して語るということなのだが、どこの部分を切り出すのか。高座に上がってからも思案しているようでした。そこで暫し語ってからもう一席。これは持ち込んだ台本を読むという形で、内容は上杉謙信武田信玄川中島の戦いの場面です。昔の講談スタイルで、張り扇で釈台をパンパン叩きながら語っていました。

そして今日も無事終演。いつもの通り帰り客でエレベーター前は大混雑。出番も終わって着替えた小燕枝師匠が帰り客整理のサービスをしていました。

立川こはる せたがやふれあい落語会 せたしんふれあいホール 3月31日(土)

贔屓の立川こはるさんから招待状が届いたので出かけました。でもこれは独演会ではなく世田谷信用金庫オチケンとの共演です。というのもこのせたしん落研がこはるさんを応援しているのです。これまでも何度か参加しています。

天気は晴れてはいるのだが花粉のピークで、必ずしも心地よい天気ではありませんが、やはり落語聞きたさで出かけたのでした。

会場のせたしんふれあいホールはボロ市通りのど真ん中。世田谷信用金庫の本店脇で、真ん前に代官屋敷があります。到着したら落研の人たちが客寄せをしていました。

    

受付にはすでにこはるさんも到着、そしていつものお馴染みのせたが家志ん金さんや他の落研メンバーが迎えてくれました。まだ開場したばかりでしたが、やがて席も大半が埋まり開演を待つばかり。

そして開口一番は月々亭露音さん。退職したばかりだそうです。これからは悠々自適の落語三昧というところでしょうか。暫しマクラを語ってから入ったのが『紙入れ』でした。

続いてせたが家志ん金さん。「大山詣り(上)」を創作していただいて以降、いつもはトリの席を聞いているのですが、今日はプロの立川こはるさんが後に控えているので、露払いというところです。八っあんとご隠居さんが出てきて、演目は『一目上がり』でした。

そしてその後に立川こはるさんの一席目です。マクラで宗教の話、と言っても布教のようなものではなく世間話。そして身延山ということになれば法華ですが、この法華の出てくる落語はたくさんあります。これが法華の宣伝のための話かは知らないが、まずは『甲府い』でした。信心深い人の話です。

プロの落語家と天狗連のアマチュアの大きな違いは、根多出しのようです。アマチュアは事前に話す根多を決めておいてじっくり準備をして本番を迎える。今日のお二方は根多出しはしていませんでしたが、たぶん事前準備はしてたのでしょう。

一方プロはあまり根多出しをしない。会場の観客の反応を見ながら話す根多を決めるというパターンが多いようです。それを本番直前に決めたり、マクラを話しながら決めたり。こはるさんもそんな話をしていました。

10分の仲入りがあって高座が脇へ片付けられて、舞台の中央が空いている。出し物は六本木つよ志さんのマジックです。根多はカードを使ったものでした。カードを扇形に広げたり縮めたり、あっちから出したりこっちから出したり消して見せたり。

次が会場からアシスタントを募って、そのアシスタントに渡したコップに水を注いで、あらよっと。。。水が無くなってた。

さらにもう一人アシスタントを加えて、カード当てマジック。そして最後は選んだカードが広げた傘に表示されていたという趣向でした。

そしてこはるさんの二席目です。本来今日はこの後お楽しみの打ち上げがあるのでしょうが、もう一件お座敷がかかってるそうでした。それも花見の席だそうなのだが、時間的にも終わったら夕刻。どうも花見を楽しむことはできそうもないようです。

そこから旅の話や古典落語の時代考証などの話。やはり本根多に入る前のマクラの構成を考えながら演ってますね。そして意外な話に入りました。何と『反対俥』。この話は激しい動作が見せ所ですね。韋駄天を自慢にする車屋が、土管3本飛び越えた時には座布団の上で思いっきりジャンプ。何回ジャンプしかかな。。。

そしてこの話の最後に上野を飛び越えてどこまで行くか。これは西ではなく北に向かうことが多いようです。今日は青森までゆきました。演者によってはカムチャツカまで行った人もいました。

ここまで行くともうこはるさん汗びっしょり。次のお座敷で着物は大丈夫なのかなと余計な心配してしまいます。そこでハネて帰る時には、こはるさんも熱演そのままの姿で見送りしてくれてました。

帰路に我が母校の代沢小学校の脇の桜並木。もう満開を過ぎて葉桜になりかけてました。桜の咲く時期は昔に比べて早くなりました。小学校に通ってた頃は4月5日頃の始業式の時に満開を迎えてたが、最近は3月末の卒業式になってきてるそうです。ともあれ春爛漫!

文治扇治二人会 池袋演芸場 3月27日(水)

今月2回目の池袋演芸場です。プログに書きそびれてしまったが、23日は菊之丞柳朝二人会。そして今日は文治扇治二人会です。桂文治師匠と入船亭扇治師匠のお二人です。チラシを見ると第58回。ずいぶん続けてきた会のようです。

少し早く着いたので早飯とカフェでの時間調整。春分も過ぎて日は長くなり18時近くなってもまだ日が出てるようです。そして晴れてるのに空がもや〜〜っとしてる。どうやら杉花粉に加えて、黄砂も飛んできてるということです。

23日の二人会は開場前から列ができてほぼ満席だったが、今日はいかに。入場してみるとほぼ半分くらいの入りでした。入り口でもらった番組表を見ると、文治師匠、扇治ともに2席ずつ、全て根多出しがしてありました。18時に入って15分

もしたら二番太鼓が鳴り、えっもう開演なの。。。

まずは前座の開口一番で、柳家小ごとさん。何だか気になる風貌です。あのプロ野球日ハムの新人の清宮選手に似てる。でもこのように一目で記憶に残る天性の風貌は芸人さんとして幸せですね。大いに今後の成長の後押しをしてくれることでしょう。そう言えばこの人、23日の二人会の時にも楽屋入りしてたのを見かけました。今日の演目は『道灌』でした。

さてまず扇治師匠が出てきました。演目が『寿限無の稽古』、新作だそうです。これは落語家が師匠に稽古をつけてもらう光景を、そのまま落語根多にしたものでした。今日の池袋演芸場の昼席が「落語協会新作台本まつり」ということなので、それにちなんでまずは新作でご機嫌伺いということでしようか。扇治師匠は昼席でも高座を務めてるのでした。

この噺、もちろん初めて聴く根多だが、演題が「寿限無の稽古」と言いながら、寿限無の中身は出てこない。要は真打になった落語家に対して、師匠が基本が大事ということで、「芝浜」とか「文七元結」というような大根多ではなく「寿限無」を稽古するというものでした。

続いては桂文治師匠の一席目。演目は『味噌蔵』、これは真冬の噺なのでその時期になったつもりで聴いて欲しいと一言。そしてこの噺といえば、先代文治の十八番でもありました。現文治師匠の師匠です。

この噺の主人公は味噌問屋の吝屋けち兵衛さん。とにかく吝いのです。出すものは舌ぁ出すのも御免被りたい、いただきものは何でもいただく。片方だけの下駄を拾って、鼻緒を羽織の紐にするってな塩梅です

そして歴代の桂文治といえば皆んなケチだったようで、そのケチぶりを紹介。そんな吝して財産貯めても地獄には持ってゆけないんだよ。そして本題へ。扇治師匠の静かな落ち着いた語り口とは真逆のスタイルです。声もデカいし仕草も大袈裟。相変わらずの文治師匠です。でも話の台本そのものは、師匠から譲り受けたであろうものをそのまま受け継いでいました。

仲入りがあって文治師匠の二席目です。今日の根多出し演目は『長命』です。とにかく女性の一番の魅力を発揮するのは後家さんになった時。そんな想定でお店の美しい娘が3度も婿入りしてきた若旦那と死に別れる。「短命」です。それを聞いてた八っぁんが、家へ帰って女房と差し向かいで飯を食うが、女房の顔を見て、あぁ長命。

この噺は『短命』という演題で語られることが多いようです。でも今日はあえて「長命」こんなところでも縁起を担いでいるのでしょうか。

そして最後が扇治師匠の『お見立て』です。扇治師匠が駆け出しの頃は、寄席に通ってくるお客の中に実際の廓に通った経験のある人もいたそうです。そこで昔浅草の裏手に吉原という・・・なん話し出すと、そんな客から「お前廓で遊んだことがあるのか?」と声が上がったそうです。

でも今の時代は大丈夫。生の廓を知ってる人なんて、もう85歳位になっているので、そんなに寄席でも見かけることはないでしょう。噺家も知らない、客も知らない状態だから、廓話はイメージの世界です。

でも男と女の情の絡み合いは古今東西変わることはない。好きな人は好き、嫌いな人は嫌いでした。その喜瀬川花魁の演技がこの話の聴かせどころですね。いつの時代も自惚れの強い男は、女から嫌われても気が付かないものです。

扇治師匠は比較的淡々とした味付けで聞かせてくれました。自分のほろ苦い青春時代と重ね合わせながら聴くと、この話の味わいが出てくるのでした。

終演は21時丁度。今日は両師匠が比較的重い話を二席ずつ、たっぷり聞かせていただいた気分でした。

鈴本演芸場3月中席夜の部 桃月庵白酒主任 3月17日(土)

久しぶりの鈴本演芸場夜席。いつもの鈴本の夜席は客の入りが少ないと思ってたら、今日は様子が違います。今日は土曜でした。そして天気も落語日和。

開場15分前に着くと100人は並んでたかな。トリの桃月庵白酒師匠もずいぶん人気が出てきました。その白酒師匠が芸歴25周年感謝講演ということで、10日間の根多出しをしていました。今日は『火焔太鼓』を演るそうです。

待つこと暫しようやく番が回ってきたのでチケットを買ってもぎって入りました。もう後ろの席しかないかなと思って入ると、前から3列目に空き席が。どうも友達の少ない人が一人で来て一つ置きに座ってるので、間の席に入れてもらったのです。

     

さて開演、開口一番は柳家寿伴さん。あとで調べたら師匠は柳家三寿師匠ということですが、馴染みの薄い一門です。少し甲高い声が特徴で、演目は『浮世根問い』でした。

次が古今亭志ん松さん。どうもここ一年あまり寄席通いをしてなかったら、上がってくる前座二つ目の若手の顔ぶれが一変している。この人も初めてです。実に変化の激しい業界ですね。演目は『牛ほめ』でした。

続いて寄席の手品はアサダ二世さん。「今日はちゃんとやります」がお決まり文句。そして下座からはいつものかったる〜いお囃子が流れて、紐とハンカチの定番根多。タネ見せ根多ですが、観客の目線を見ながら演じてます。そして最後はカード当てでちょっと目新しい演出を見せてくれました。

そして古今亭志ん好さん。入れ替わりの激しいこの業界、この人以前名乗ってた高座名はと調べたら、古今亭志ん公でした。でももう2014年には真打昇進して志ん好を襲名してたので、こちらが時代について行ってない。芸人さんも生き残りは大変でしょうが、ファンもついてゆくのが大変。演目は『強情灸』でした。

次が柳亭燕路師匠です。この人は以前と変わらない。何度も聴いて来たお馴染みの人。ようやく時代に追いついた。もう客席もほぼ埋まり、満席の客席を前に何だか気分も良さそうです。前の演者の根多を混ぜっ返してました。そして泥棒根多の『締込み』でした。

続いて林家正楽師匠の紙切り。ご機嫌伺いの「相合傘」から始まってお題拝借。「ゴジラ」「白酒師匠」「桜」「正楽さん」・・とリクエストがつづきました。そう言えば「ゴジラ」の時のお囃子が、まさに「ゴジラ」のテーマソング。下座の何気ないレパートリーの広さを披露してました。

そろそろ仲入り前も気分が乗って来て、出囃子が「白鳥の湖」。出て来た三遊亭白鳥師匠は赤と黒のツートンカラーの着物に、胸には白鳥のワンポイント。もちろん噺は創作根多で寄席の近未来。高齢化社会で前座のいなくなった寄席に、シルバー人材センターから前座役の老人が派遣されてくるところから話の幕開けでした。案外こんな時代が本当にやってくるのかもしれない。

そして仲入り前は隅田川馬石師匠。再び古典の世界に入ってゆきました。仲入り前は持ち時間が少し長いようなので演じた根多は『野ざらし』の前半。出て来た八五郎、図々しく非常識ではあったがあまり破茶滅茶ではありませんでした。向島でハゼ釣りをしていた釣り人とも適度に仲良くという演出でした。
仲入りがあってトイレタイム。今日は満席なので男女共々用を足す人の長蛇の列。後ろに並んでる人、用を足し終わったらもう後半が始まってるのではという余計な心配。

10分の短い仲入りから、後半が始まりました。まずはぺぺ桜井さんのギター漫談。ギター漫談をする人は日本で二人、世界でも二人しかいない絶滅危惧種です。東京のJRや地下鉄の駅の発車チャイムの披露でご機嫌伺いです。そのあといろいろ声帯模写ならぬギター模写を聴かせてくれました。

次が柳家小せん師匠。今日は春風亭百栄師匠の代演です。まあのんびりとゆきましょう調です。そして演目も『あくび指南』。陽春の昼下がりの、まったりとした平和な空気が流れてました。

続いて翁家社中の太神楽曲芸。出て来たのは翁家和助さんと小花さん。和楽師匠が他界されてからすっかり世代交代のようです。見せてくれたのは傘回しとナイフの取分け。特に和助さんは今が脂の乗り切った時期と思うのだが、心なしか元気が感じられない。大御所が去って自らが扇の要になるのにはまだ時間が必要なのかな。。。

そして今日の目当ての桃月庵白酒師匠の登場です。この中席10日間は全て根多出ししてあり、今日の演目は『火焔太鼓』です。これは落語ファンなら誰でも知っている、志ん生の有名根多です。

昔は志ん生師匠に忖度して、他の人はあまり演らなかったと思うのだが、最近はそんな垣根も忖度もなくなり、誰もが演ります。それだけに演者によってさまざまな演出がなされる噺ですね。でも白酒師匠は師匠の師匠を辿ってゆくと志ん生にたどり着く、ということで古今亭本流の「火焔太鼓」なるのでしょう。

この根多が出て来た時の楽しみは、源頼朝の髑髏、岩見重太郎の草鞋、平清盛の尿瓶、巴御前の鉢巻、そして小野小町の手紙です。でも今日は出てこなかった、その代わりに出て来たのが羽柴秀吉が懐で温めた草履でした。

白酒さん息つく暇もなく喋りまくる。まあ忙しや忙しや。道具屋の甚平さん火焔太鼓を仕入れてからお殿様のところに行って300両儲けて帰ってくる。この道中を一気に駆け抜けたのでした。その儲けをおジャンにしないようお気をつけあれ。

てな具合で久しぶりの鈴本の夜席も終わりました。今日は花粉もさほど気にならなかったので、気分良く帰ることができました。