第6回「おおやまみち」まちづくりサミット in 伊勢原 2月12日(月)

今日は建国記念日の振替休日で、この日に伊勢原市民文化会館で「おおやまみち」まちづくりサミットが行われました。天気は上々、大山も富士山も見える。丁度寒気の入った時期なので寒い!大山も丹沢山塊もうっすら雪が積もってました。

会場の伊勢原市民文化会館は伊勢原市役所の奥にあり、会場の小ホールとは言っても、定員400人の会場です。これを自力で満席にできる落語家もそうはいないだろうという大きさでした。

     

今日は大山みちの会のメンバーということで、特別席が用意されていました。実はこの企画段階で呼ばれて、今日の番組構成に関して意見を求められたのでした。というのも出演者が、我らがせたが家志ん金さんの「大山詣り(上)」を演る事になってるからです。

それも単体ではなく、有名な話し根多の「大山詣り」を(下)として、大山詣りを往路から復路まで、通しで演る趣向だったのです。

その時に魅せられた企画案が、まず創作の「大山詣り(上)」で往路の話しを聴かせてから、算額ガイド/山岳写真家の廣田勇介さん基調講演。仲入りを挟んで川崎市の大山ふるさと館長の對馬醇一さんの講演。そして最後に「大山詣り(下)」で復路を聞かせる趣向でした。これはいいじゃないですか!!!

     

充分楽しませて貰えそうだが、二席演ずる志ん金さんは大変です。一度は演者を変えてもいいから、二席通しで聴きたいと思ってたのでした。志ん金さん、ありがとうございます。またこの企画を発案したのが、市役所の若い女性職員という事で、その発想力に敬服したのです。

暫しロビーで待っていると窓の外に着ぐるみのクルリンの姿が見えました。すぐに出て行ってスマホで撮影。どうも介助がなくては歩けないようだが、その時には介助者も外れてポーズをとってくれました。

いよいよ開場、人気イベントのようで13時の開演時刻には、400人のホールがほぼ満席になってました。そして今日は手話のサービスもついて、聴覚障害者の方にも楽しんでいただけるのです。でも落語を手話で表現するのは難しそう??

  

開演は、伊勢原の手作り甲冑隊の登場から始まりました。ブォートいう螺貝の音が響いて市民の有志が甲冑(でも段ボールによる手作り)を纏って舞台の前に集まり、鬨の声を上げました。エイエイオー!!

そして招待された来賓の紹介、伊勢原市長の挨拶を経て、いよいよせたが家志ん金さんの登場です。お江戸日本橋の出囃子に乗って上がってきました。

創作落語である「大山詣り(上)」は、江戸時代から現代に伝えられている大山講に乗って、当時の江戸っ子の集団が、納め太刀を担いで大山へ行くのです。有名な「大山詣り」の中で、復路の神奈川宿で大暴れする熊公も出てきます。

そこで当時の大山講の習わしなどを落語の中で紹介してゆきます。でもこれが固有名詞のオンパレードで、この話の難しさというところです。プロの落語家からすればコスパの悪い噺の典型で、あまり演りたがらないものでしょう。逆にアマチュアだからこそできる噺根多というところです。

そして一番の聴かせどころが、「黄金餅」の町名尽くしに習った宿場尽くしです。それを今日の会場の伊勢原を中心にという事だから尚更大変です。よくぞここまで覚えたという志ん金さんの記憶力には脱帽です。ようやく大山の宿坊に到着して、随分みんなくたびれた。あたしもくたびれた。続きは最後に(下)で、という塩梅でした。

さて一笑いして肩の力も抜けて、次が基調講演。テーマは「大山と神様百名山〜山岳お遍路、大山を行く〜」講師の廣田勇介さんは、あえてスポーツではなく信仰という切り口から登山を語り、そして大山を語る。そのような趣向です。

信仰といってもそんな敬虔な堅いものではない。そもそも江戸時代の大山講なんて、落語になる位なんだから、半分は物見遊山だったのですからね。

そこで10分間の仲入りになって、その後は川崎市の大山ふるさと館副館長の對馬醇一さんが、「WE❤︎大山街道」。大山ふるさと館は川崎市高津区を横切る旧道の真っ只中。そして高津区自体が、大山街道を町おこしの題材としている地域です。その中心的な存在が大山ふるさと館なのです。そこには貴重な史料も保存されていて、いつも市民が出入りしています。そこで力をいれている「博物館事業」「歴史文化探求事業」「地域活性化事業」を順番に紹介したのでした。

そして最後が再び落語です。演者は同じくせたが家志ん金さんで、演目は「大山詣り(下)」、というか、普通の「大山詣り」です。でも前半はもう終わって帰路になるのだが、江戸出発前の決め式について触れなくてはならないところが、上下の通しの話にするところの工夫点です。志ん金さんもそこは下の初めで触れていました。でも軽目にしておかないと通しの筋書きが崩れてきます。

あとは普通の「大山詣り」の筋書きです。最後は女房たちが揃って坊主になって、お山は無事でお怪我なくっておめでたい、で結びました。

その間伊勢原の人へのサービスとしてのくすぐりもありました。クルリンのお駒さんなんという女中さんも飛び入りで出てきました。ご当地根多をよいしょするというのも、この落語の趣向なのです。

この大山詣りの上下通し公演はビデオ撮影もして、これまで随分配ってきたDVDも語り直しということで刷新されそうです。そして志ん金さんも街道沿いの自治体などからもお座敷がかかっています。

かつて高尾山の観光振興が大山を手本に進められたということだが、今やすっかり水を開けられてしまいました。しかし大山詣りも最近は日本遺産に認定され、大山も歴史と信仰という面から再び脚光を浴びつつあります。小田急沿線の駅にも大山のポスターが目立つようになりました。今度は高尾山を目標に観光地としての再起を図りつつあります。

観光地としての交通アクセスという難題もありますが、大山をこよなく愛する者としてはさまざまな課題を克服して、江戸時代、さらにはもっと昔からの日本の伝統文化を次世代へ継承していただきたいと願うものです。

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