第11回 上原落語会 代々木上原ムジカーザ 1月21日(日)

ウチの近所の落語会、ちょっと気になる落語会。いつもならWebで申込んでカード決済、そしてコンビニでチケットを手に入れるという手順だが、ここは少し時代を先に行っています。

Peatixというサービスで申し込むと、カード決済で電子チケットがスマホに送られて来ます。今流行りのキャッシュレスってぇもんでしょうか。

この落語会は語と夜の二部構成で、昼の方に申し込みました。出演者は三遊亭萬橘師匠と浪曲の玉川奈々福先生です。玉川奈々福先生は以前から気になっていて、是非聴いて見たいと思ってた人です。

ちょうど開場時刻に到着したら、Peatixの整理番号順に受け付けていて、こちら申し込み時期も早かったので#4。並んでいる人を尻目にすぐに入場できました。そして受け付けはスマホでQRコードを表示すると、相手もスマホカメラででピッ。これでおしまいです。そして最前列に陣取りました。

それにしてもさほど広くはないホールに2階席があるという非常にユニークな造り。聞けば普段はクラシックの室内楽が多いそうです。

オーケストラに最適化されたホールは音響的に演芸には不向きなのだが、こういう小さな多目的ホールはどうなのかな?

さて開演で前座が出て来ました。萬橘師匠も早々と弟子を取り、名前はまん坊、さてお手並みは?声は高めで言葉もはっきりして、なかなかいいじゃない。噺は泥棒の話で『花色木綿』でした。

昔学生時代に寄席通いしていた頃はこの噺、前座がずいぶん演っていたが、最近はあまり聞くことが少ない。もう泥棒根多は流行らないと思ってたのでした。

そして三遊亭萬橘師匠の登場です。いつもの通り高座に上がる時には眼鏡をかけている。そして何とも言えない滑舌の悪さ。それが何とも言えない味わいを醸し出すのです。

暫しのマクラの後眼鏡を外して羽織を脱ぐと本根多は『粗忽長屋』でした。客を混迷の中に追い込んでくようなこの噺。そして最後に哲学的なサゲが待っている。まさに萬橘師匠の味を満喫すると言わんばかりの一席目でした。

続いて玉川奈々福先生の浪曲だが、その準備での高座の設営が大変です。大の男が右往左往しながら高め台を設えて、そこから広いテーブルかけを垂らし、裾を広げて台形にして出来上がり。そのテーブルかけには綺麗な絵が描かれていました。これは贔屓筋からの贈り物だそうです。そして後ろにも幟のような布。ここには演者の浪曲師の紋が描かれていました。

高座の設営ができたら曲師の沢村豊子師匠が先に高座横に座りました。もうかなりのお歳で支えられながら出て来たが、三味線を持つとキリッと構えてました。

まだめくりが三遊亭萬橘のままだからめくるのを忘れないでね、と思ってたら何とか忘れないでめくっていました。玉川奈々福の名前が出て来て。奈々福先生登場。すかさず大向こうより「待ってました!」これで奈々福先生、一気にテンションが上がりました。初めて浪曲を聞いた人が、私の声を聞いて逃げ出した、なんてエピソードを話しながら、何やら凄い声を出すようです。

でもその前にマクラでまず沢村豊子師匠の紹介。とにかく浪曲の歴史とともに歴代の有名な浪曲師の脇で曲師を務めて来たということです。三味線の名手ということでした。奈々福先生、そんな大先輩の掌の上で自分の芸を演じるとのことです。そして更に中国公演の話など。日本は世界でも珍しい語り芸の多い国だが、中国にも沢山の語り芸があるとのことでした。

そして始まりました。そして唸りました。演目は寛永三馬術という馬術の名人曲垣平九郎が出て来ました。そこに一人の男が押しかけて、仲間(ちゅうげん)となる。一度宝井琴柳先生から講談で聞いたことのある話、『度々平住込』でした。この曲垣平九郎の話は三部作になっているものです。
物語は講談調に進むが浪曲ではそれに節がつきます。調べるとこの話は、仲間の度々平が主人の曲垣平九郎を助ける話ということだが、度々平が雪の降る日に酒を買いに行った帰りに、行き交った侍との立ち回りのところで、丁度時間となりました。

仲入りはトイレタイム。一つしかないトイレの前には長蛇の列。早めに飛び出していの一番でよかった。。。

そして最後は萬橘師匠の二席目。マクラも短く入った噺は『大工調べ』でした。滑舌の悪さで味を出してる萬橘師匠が、棟梁の啖呵をどう演じるか。実に楽しみに聴き始めました。その棟梁の啖呵の前に、思いっきり与太郎のKYに次ぐKYの連続。かなり極端な演出です。そしていよいよ聴かせどころの棟梁の啖呵!何と活舌が悪いと思ってたら、早口で噛むこともなく次々と悪態をつく。いやぁお見事でした。

そして最後は大家さんと喧嘩別れで大岡調べのお白州と思ってたら、頑固大家さん、反省を始めた。そして与太郎に800文の不足分を残して、道具箱を返してしまいました。でも考えてみれば取ってつけたようなお調べと、地口落ちのサゲならば、お調べの場面を省略した演出もありなのかもしれません。まさに「調べない」「大工調べ」でした。

1月も20日を過ぎると、目に見えて日が長くなってきました。16時過ぎにハネだが、まだ充分昼間だったのでした。

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