歌舞伎公演「通し狂言 平家女護島」国立劇場 10月8日(月)

しばらく歌舞伎公演のなかった国立劇場も今月から始まりました。今月の演し物は「通し狂言 平家女護島」。これは俊寛の鬼界ヶ島の場として有名な狂言ですが、通しで演じられるのは23年ぶりということです。

以前から歌舞伎座にもよく足を運ぶが、最近国立劇場との公演の趣向の違いがはっきりと見えるようになってきました。今年の歌舞伎座の公演は舞台ショウの色合いが濃くなって、上演作品そのものが後ろに隠れてしまった印象があります。それと対照的に、国立の方は作品に主眼を置いて、長く演じられなかった場を含めて通し狂言の形で復活させる試みが多いように思えます。今回もその趣向でした。

この作者は近松門左衛門で元々は五段構成だったが、今日の公演ではその中から物語の基幹部分である三段を、三幕構成にして観せてくれました。

それを演ずるのは、中村芝翫(成駒屋)さんが平清盛と俊寛の一人二役、片岡孝太郎(松嶋屋)さんが俊寛妻東屋、そして中村東蔵(加賀屋)さんは後白河法皇。

中村芝翫さんは、襲名して初めての国立劇場でのお目見え、もちろんご子息の中村橋之助さんも、能登守教経役で共演しています。

     

序 幕 六波羅清盛館の場
二幕目 鬼界ヶ島の場
三幕目 敷名の浦磯辺の場
同 御座船の場

そして開演になりました。まずは序幕の六波羅清盛館の場。ここでは虐非道な巨悪の権化、平清盛が出てきます。そこらの小悪役ではない。巨悪なのでそのスケールと憎たらしさをどのように表現するかが魅せどころでした。

それと対照的な俊寛妻東屋の役柄。捕らえられて清盛の前に突き出されてもなお、凛とした美しさを表現するものでした。

次に出てくるのが能登守教経。これが東屋に瞬間への操を立てる自害を進言した。まあ、この辺りの展開は、現代の価値観では受け入れられないものだが、江戸時代まではあり得たのでしょう。

二幕目は有名な「俊寛鬼界ヶ島の場」以前もこの場面だけは何度か観ていました。この場面だけを切り取って公演されることも多くあります。今日は通し狂言の中で、同じ芝翫さんが清盛役を演った後、その敵役の俊寛を演じていたのも今日の見せ所でした。

そしてこの場から海女の千鳥(坂東新悟/大和屋)が登場。清楚な出で立ちで、仕草で可愛さを表現。これが島流しの殺伐とした空気を和ませる要素になっていました。

ここで出てくる敵役が平清盛腹心の瀬尾太郎兼廉(中村亀鶴/八幡屋)。海女の千鳥を御赦免船に乗せないで1人取り残すという意地悪をするが、これは意地悪というよりも杓子定規の官僚主義的な対応とも解釈できるものでした。だからこの場面で怒った俊寛との決闘で討たれる下りには、多少の同情が残るものです。

そしてこの場での見せ所として、海女の千鳥の口説きと、最後に取り残される俊寛の絶望の叫び。その時花道からせり出してきた波の敷物が、やがて舞台いっぱいに広がって、孤島の寂しさを表していました。

三幕目は敷名の浦磯辺の場となり、再び平清盛が出てきます。でも原作ではその間に常盤御前のくだりが挿入されているのですが、この一連のストーリーとは関係のないものなので、今日は割愛されていました。でもなぜ近松門左衛門がこのような場を入れたかという理由は、御赦免船が鬼界ヶ島から帰ってくる、長い時間の経過を表現したいということです。

それは国立劇場での4時間の公演時間には入りきらないものでしたが、この狂言の演題「女護島」は、実はこの場で出てくるものだったのです。

御赦免船が瀬戸内海の敷名の浦に着いて、そこに御座船に乗った平清盛がやってくる。その御座船には後白河上皇が乗っていたのです。そこで清盛が後白河上皇を殺害しようと、船から突き起こしたのを海女の千鳥が救出。しかしそれに怒った清盛に殺害されてしまう。

この間舞台装置の裏方は大わらわ。御座船を回したり波のシートを整えたりと、黒子が右往左往してました。
最後はこの海女の千鳥に加えて、第一幕で自害した東屋の亡霊が現れて、清盛は体の中から燃え上がる炎に包まれて行きました。

左右に海女の千鳥と東屋の亡霊、中央は御座船の上で、炎の描かれた衣装を広げたところで幕となりました。驕る平家は久しからず。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください