春風や牛に引かれて善光寺 御開帳 2015

0430zenkouji01今年は長野市にある善光寺の御開帳の年です。4月1日から5月31日まで2ヶ月間です。この御開帳とは7年に一度ということで、前回の2009年の御開帳の時にも来ていたので、てっきり来年2016年と思っていました。よく考えれば数えで7年なので、今年2015年なのです。今風の満で言えば6年毎なのでした。

全国にある普通のお寺さんは、XX宗XX派XX寺という名前で、仏教のどこかの宗派に属するものがほとんどですが、善光寺にはそのようなものはない。「善光寺」なのです。本田善光が建立したのは奈良時代のさらに100年前の古墳時代です。天台宗・真言宗のような宗派が現れる遥か前なのだから、歴史の重みが違うのでした。

0430zenkouji03 0430zenkouji04訪れたのは4月30日で、コールデンウィークに入った時期なので、かなりの人出が予想されました。そこで北信濃の山荘を朝7時半に出て着いたのが8時過ぎ。それでも大駐車場には次から次へのクルマ。満車になるのは時間の問題でした。その前に駐車スペースを確保できたので、早く来たのは正解でした。

前回来た時にはあまりの混雑で、お戒壇巡りや御印文頂戴もやりませんでした。でも落語ファンとして、あの「お血脈」の噺に出てくるお血脈の印、すなわち御印文頂戴をどうしてもやってもらいたいという想いがあったのです。

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これは普段の年は正月に7日~15日の期間だけで、この期間に行かなくてはやってもらえません。でも御開帳の期間には、いつでもやってもらえるのです。これをやってもらうとあらゆる悪事が許されて極楽へ行けるという、実に便利なムシの良い話しです。
でもこの善光寺に参拝するならば、まず一番にやらなくてはならないのは、ご本尊への焼香です。このご開帳期間には外陣参拝と内陣参拝があり、内陣参拝の方がご開帳されている前立本尊阿弥陀如来様を間近で拝むことができます。

でもこの前立本尊は実は鎌倉時代に作られたレプリカ。そして正真正銘のご本尊は、未来永劫人前に姿を現すことなく、瑠璃壇の中に安置されています。その前に置かれた常燈明は、鎌倉時代から途切れることなく明かりが灯されていたと言われています。何だか時代の重みを感じる本堂の空気です。

参拝が終わり、次に行くのはあのお血脈の印であるご印文頂戴0430zenkouji07で、0430zenkouji06額に印を押してもらう儀式です。時刻も早いのであまり並んでいませんでしたが、並んだところちょうどタイミングが合ったのか、ご住職が朝の法要の帰りのお数珠頂戴もやってもらったのです。ご住職の手にした数珠で信者の頭に触るというものです。

そしてご印文頂戴。落語の「お血脈」に出てくる印。これは三判の宝印、牛王宝印(ごおうほういん)、牛王噞印(ごおうけんいん)、往生決定(おうじょうけつじょう)を束ねた印で、額のあたりをゴリゴリ。おお、これで極楽行きは間違いなし。

でも本来はお血脈とは、お釈迦様から弟子を通して仏法の教えを伝承してきた系譜が赤い線で結ばれ、それを人の血にたとえてこのように呼ぶそうです。すなわちこの印を押してもらうことで、お釈迦様とつながることを意味します。

0430zenkouji08その後はお戒壇巡りです。有名な真っ暗闇の中を進んで、ご本尊の安置されている瑠璃壇の下にある「極楽の錠前」を探す。これでご本尊の阿弥陀如来様とつながるというものです。でも本当に真っ暗でよくわからなかった。列の前の人の気配を察しながら進むのみでした。

0430zenkouji02出てきてから改めて本堂の前を見ると、そこには回向柱があります。これが善光寺ご開帳のシンボルとも言えるものです。その回向柱の上部から綱が張られて、本堂の前立本尊とつながっています。これに触るために長い行列ができますが、それを避けるために朝早めに来たのでした。ひととおり廻ってからこの場所に戻るともう長蛇の列です。警備員がマイクで忙しそうに会場整理をしていました。

この柱は松代町中村神社の230年の杉の巨木だそうで、昨年7月26日に切り出されたとありました。昔から回向柱は松代町から、まさに牛に引かれて寄進されてきたそうです。

0430zenkouji09今日はとにかく北口という裏から入ってきたので、本来の参拝とは逆コース。山門を通って仲見世通り。そして仁王門まで行ってから再びクルマを置いてある北口の駐車場へ。

回向柱、お戒壇巡りなど、長蛇の列を横目で見ながら善光寺を後にしました。

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