如月の三枚看板 喬太郎・文蔵・扇辰 銀座ブロツサム中央会館 2月20日(火)

どうも最近落語会を追いかけるのが面倒になってきて、入船亭扇辰師匠の席が多くなってしまった。それに伴って橘家文蔵師匠にもよくお目にかかります。今日はそれに加えて柳家喬太郎師匠でした。場所は銀座の外れの銀座ブロッサム中央会館です。

ここは何度か来ています。そして今日の落語会は毎年1回ずつで10年続いているそうです。開場時刻前に来たらやたら人が待っています。

最近このお三方人気が上がって、集客も好調のようです。入場するとこの二階席のあるホール(定員900名)がほぼ満席になる勢いです。凄い!

一階の中程の席に着いたら直前の席だけが空いている、でも何となく嫌な予感。どんな人が座るのか?座高の低い弁天様ならいいのだが、座高の高い福禄寿様みたいなのが来たら最悪と思ってたら、来たではないですか、福禄寿様だ!周りの人と比べても10センチ頭が飛び出てるのです。

そして開演で開口一番は前座の橘家門朗さん。なかなかよく通る声です。調べたら橘家文蔵師匠のお弟子さんで、まだ文左衛門時代に入門していたとのことです。演目は『道灌』でした。

続いては柳家喬太郎師匠。最近特に活躍が目立ちます。また古典と創作と二刀流もこの人の特徴、さて今日は。東京駅で出会ったチンピラの話から入っていったのが極道の話でした。

聞いたことのない話で、終演後の演目表には『小政の生い立ち』とありました。調べるともともとは清水次郎長外伝の講談根多で、落語としてこれを演るのは喬太郎師匠だけのようです。ちょっとキョンキョンとしては毛色の違った噺ですね。

次が入船亭扇辰師匠です。いつも扇辰師匠を聴いてるのは小ホールのような狭い会場が多かったのですが、これだけ広い会場では声のトーンが違います。大きく響かせるような調子で話していました。

昔のインチキな見世物小屋の話をいくつか。この見世物小屋というと、期待するのが源頼朝公のご幼少の頃の髑髏だが、これは出てきませんでした。

さてそこから入ったのが『一つ目の国』。江戸から北に百里ってぇと、栃木県の宇都宮を通り越した那須のあたりなのかな、ここに一つ目の国がありました。何となく落語っぽい夢のある噺でした。昔の志ん生の録音が残ってますね。

さて15分の仲入りで、残るのは橘家文蔵師匠です。出てきてから客席を見渡したら今日は大入り!実に嬉しそうです。気合も入ることでしょう。

武士鰹大名小路生鰯茶店紫火消錦絵火事に喧嘩に中っ腹伊勢屋稲荷に犬の糞。から始まって江戸の名物の中の火事にまつわる話。「富久」「火事息子」などいくつかあるが、どうやら『鼠穴』のようです。

最近文蔵師匠に出会う時には人情話が多い。昨年末も「芝浜」を聴かせてもらいました。しんみりとした時間が流れます。お店の旦那である兄と、3年間頑張って3戸前の蔵と間口5間半の店を開いた弟の竹次郎。兄の店に行って一緒に飲み崩れた後の竹次郎の長〜い夢。悪夢。広い会場もすっかり文蔵ワールドに浸っていた感がありました。今となってはわかりにくい「夢は土蔵の疲れ」もそのままでした。

ハネてから会場の外に出るのがこれが大変。900人のホールがほぼ満席だったから、人の波をかきわけて出なくてはなりません。またその前に貼り出された演目表の写真を撮らないと、ブログが書けないのです。人だかりの中、何とか無事に撮ることができました。

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