「大江戸ワープツアー」旧内藤新宿散策 11月6日(火)

「大江戸ワープツアー」という街歩きに参加してしまいました。天気は最悪で予報は一日中雨。午後は傘も役に立たなくなるほど強く降るということでした。でも参加予定者10人が集結し、散策決行となりました。今日の行程は、

1:みんなの泉・馬水槽
2:花園神社
3:成覚寺(浄土宗十劫山無量寿院成覚寺)
4:正受院(浄土宗明了山正受院願光寺)
5:太宗寺(浄土宗霞関山本覚院太宗寺)
6:三遊亭圓朝旧居後
7:内藤新宿三百記念碑
8:四谷大木戸跡と水道記碑
9:多武峰(とおみね)内藤神社
10:斎藤茂吉終焉の地
11:笠寺長善寺(曹洞宗四谷山長善寺)
12:消防博物館
13:田宮神社(於岩稲荷神社)/陽運寺(日蓮宗長照山陽運寺)
14:本性寺(日蓮宗平等山本性寺)

内藤新宿というのは旧新宿の街跡で、もともとは宿場町。更に遡るとこの地は信濃国高遠藩内藤家の地を幕府に返上して宿場町としたそうです。

歌川広重の「名所江戸百景」の中に「四谷内藤新宿」という、馬の臀部から街を覗く浮世絵があまりにも有名です。

そしてこの地は岡場所(歓楽街)でもあり、宿場女郎も大勢屯していました。

さて新宿駅東口に11時集合で、ほぼ定時に出発しました。もちろん土砂降り状態です。

まず新宿駅東口から外へ出るとすぐにあるのが「みんなの泉・馬水槽」です。こんなところにこんなものがあったのか。こういう散策ツアーでなくては気がつかないほどひっそりとしています。

そのすぐ近くに見つけた記念碑。これは作詞家の西条八十の碑。これもひっそりと建っていました。
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そこから新宿通り沿い「ビックロ」の店の前に一時立ち止まりながら花園神社へ向かいました。

花園神社は只今工事中、これは明後日8日から始まる「一の酉」の準備のようです。土砂降りの雨の中、屋台や寄進者の提灯飾り付けの準備を進めていました。

まずお参りをしてから、境内の工事中の中から、威徳稲荷神社に入りました。一人通るのがやっとの小さな鳥居をいくつも通り過ぎると、そこに小さな稲荷神社の祠がありました。その奥に松尾芭蕉の句碑があるということをでしたが、この工事でよく見ることができませんでした。

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正面の鳥居から出て、ちょっと寄り道したのが寄席の末広亭です。見ると今日は落語芸術協会の受け持ちの日、トリは三遊亭遊三師匠でした。

続いて立ち寄ったのが浄土宗成覚寺。ここは昔「投げ込み寺」と呼ばれた事で知られているお寺です。昔遊女たちが死ぬと、米俵やさらし木綿に包まれてこの寺に投げ込まれたと言われています。
境内には「子供合埋碑」という、当時の飯盛女を弔うための墓碑もありました。

次に立ち寄ったのが浄土宗正受院。ここで目につくのが奪衣婆像。これは地獄の入り口で、亡者達の着ている衣類を剥ぎ取って、現世での罪を図ったと言われています。実は「地獄八景亡者戯」の落語にも出てくるのです。

そう言えば世田谷大山街道沿い、上馬の曹洞宗宗圓寺の境内でも見つけました。そんな恐ろしい婆々と思いきや、子供の百日咳を治してくれるようなご利益もあります。

その他この境内には新宿区登録有形文化財の梵鐘があります。

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ここで雨の中の散策も一旦休憩。時分時なので昼食です。

昼食が終わって再び外に出ると雨も小降りになってました。これならば散策も続けられそうです。元気を取り戻して次に立ち寄ったのが浄土宗大宗寺。まずここで目につくのが「江戸六地蔵」の三番目の像。非常に大きな地蔵像です。

ちなみに六地蔵とは、江戸に接続する6つの街道の入り口に建てられたもので、ここが甲州街道の入り口に当たります。

そして目を左に移すと、焔魔堂の中に閻魔大王像の横に奪衣婆像があります。さらに本堂に入ったところには「切支丹燈籠」。その足下にマリア様と思しき彫刻があるではありませんか。

広い境内です。あと見渡すと内藤正勝の墓、そして三日月不動尊や布袋尊を納めた社、そして塩にまみれた塩かけ地蔵などなど。

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次に三遊亭圓朝の旧居跡を訪ねて、四谷の新宿御苑の入り口まで歩きました。そこで内藤新宿三百年記念碑。そして御苑の脇を通って「四谷大木戸跡」と「水道碑記」。こんなところにこんな記念碑がと、初めて気づかされたものです。

続いて「多武峰内藤神社」ここは一件民家のような家屋の横を通って奥へ行くと、こんもりとした木と鳥居が見えて神社がありました。ここは内藤家の先祖である藤原鎌足をご祭神とした神社です。
そして目を引くのが「駿馬塚」。内藤清成の駿馬の伝説、走り回って疲れて死んだ馬を供養する塚だそうです。中を覗くと白い馬の像が見えました。

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次にマンションの壁に目立たないように貼ってあった「斎藤茂吉終焉の地」の歌碑。こういう碑を出すと見物客が増えてマンション住民大迷惑ということで、取り払ってしまうケースが多いそうです。でもここは目立たないように残っていました。

そして次に立ち寄ったのは笹寺長善寺。曹洞宗のお寺さんです。入り口に外国人と思しき女性が托鉢姿で、それも外国人相手に英語で説いている。なんとも珍しい光景。

ここには宝物としての「のめのう観音像」。赤めのうで彫られたという珍しい観音像が納められています。

外には「蝦蟇塚」と呼ばれる石碑。これは慶応義塾大学医学部で使われた実験動物の供養の碑。隣には無縁仏となった墓石の山。そして入り口には凛々しい観音像。説明がなくてわからないのだが、「のめのう観音像」の写しなのかな?

それから消防博物館へよって一休みです。もうずいぶんくたびれてます。

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一時の休みを取ってからそろそろ今日のツアーも大詰めです。でも次が参加者が密かに期待していた四谷怪談のお岩様由来の「田宮神社(於岩稲荷神社)」と「日蓮宗陽運寺」。

ここは幕府のご家人の娘お岩様が自宅のに建立した神社だそうです。この場所ではお岩様は幸せな貞女として伝えられ、四谷怪談のような夫に裏切られて狂い死にということはなかったとされてます。

しかしそれが四代目鶴屋南北によって「東海道四谷怪談」という歌舞伎根多に創作されて、今に伝えられているお岩様のイメージになってしまいました。お岩様にしてみれば迷惑な話です。

でも一方、四谷怪談のモデルとなった話は本当にあったとも言われて、その主がお岩様かどうかはよくわからないようです。

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そして最後に立ち寄ったのが、「日蓮宗本性寺」ここには毘沙門像が安置されています。しかしこれまで見てきた日蓮宗のお寺さんには独特の雰囲気があったのだが、あまり日蓮宗っぽくありません。

そうこうしているうちにご住職が大サービスをしてくれました。毘沙門堂を開けて中に入れてくれたのです。そして安置されている毘沙門様をしっかり拝む事が出来ました。

聞けばここは昨年の東日本大震災の揺れで被害を受けたそうです。山門の柱の下部に新しい木材で補強が入ったり、毘沙門像の置かれている蔵造りの扉には支えが入ってる。そのためか扉の内側に描かれた絵も見る事が出来たのでした。

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ここで15時半頃だろうか。秋の日暮れは早いものでそろそろ暗くなってきました。帰り道に上を見ると須賀神社の酉の市の提灯が。

あとはJR信濃町の駅へ向かってそこで解散と相成りました。

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