三遊亭鳳樂独演会 お江戸日本橋亭 1月18日(金)

最近いささか落語会への足が遠のいて、今日が今年の初笑いでした。もう正月はとっくの昔に過ぎてるというのに。でも贔屓の三遊亭鳳樂師匠の席だから、周りは知ってる人が何人もいるという塩梅です。

鳳樂師匠が定席を日暮里サニーホールからお江戸日本橋亭に移してから初めての参加です。客席数は少なくなったがほぼ満席になって、何となく気分も温かいものがあります。

やがて開演で開口一番は三遊亭鳳月さん。そういえばこの人も二つ目になってたのでした。羽織を纏って出てきました。しかし鳳樂師匠の最後の弟子ということで、前座業から卒業できない。

今日の席でもめくりと高座返しをしていました。でもそれは修行というよりも、裏方作業を楽しみながら務めてるという余裕。この人は根っからの愛されキャラなのでしょう。演目は『権兵衛狸』でした。

続いては三遊亭鳳志さん。寒い季節に心と体が暖まる話です、『ふぐ鍋』。この噺は現代感覚と照らし合わせると、どうしてこんなに毒を怖がるのかという疑問が湧いてきます。でもフグの毒は油断禁物、過去に歌舞伎役者の八代目坂東三津五郎師が当たって亡くなったというような事故もあります。

今は調理技術が進んで何でもないように食べられる時代だが、毒があることには変わりないのです。

続いては三遊亭圓福さん。この人は鳳樂門下ではなく、先代圓樂門下です。なぜかめくりがありません。そこで自分で名乗らなくてはならない羽目になってます。

演目は『大安売り』、相撲噺です。今両国国技館では大相撲初場所中で、稀勢の里引退の話題の真っ最中だが、この話は江戸時代、上方相撲に出張してた力士の連敗物語でした。実に牧歌的な話です。一年を二十日で暮らすいい男の時代だったのだが、それと比べると今の大相撲は大変です。年六場所では怪我をしたら治る暇もないですね。

さて仲入り前は三遊亭鳳樂師匠の一席目です。お楽しみとなってたので何が出てくるか。『天災』でした。ここに出てくるのが、山崎町三光新道の紅羅坊名丸先生です。心学の先生というが、「心学」って何?それは江戸時代の庶民向け倫理学に相当するようなものだったようです。

そこで教えられたのが「堪忍の袋をつねに首にかけ破れたら縫え破れたら縫え」。なのでした。およそ現代感覚と合わないにもかかわらず演る人の多い噺。それを鳳樂師匠が演じれば、目の前に広がるのは、昔のお江戸日本橋。そういえば山崎町三光新道は、この会場から歩いて5分のところでした。

仲入りがあって中の舞の出囃子。根多出ししていた『柳田格之進』が始まりました。鳳樂師匠、紋付袴の格調高い装いで登場です。マクラも短く本根多に入ってゆきました。

これは笑いの少ない人情噺。彦根藩士の柳田格之進が両替商万屋源兵衛と、静かな奥の間で碁を打つ光景が浮かんできます。そしてこの噺も現代感覚では理解に苦しむものがある。特に格之進の娘のお絹が親の濡れ衣を被って吉原へ身を売る、なんという犠牲的精神はちょっと考えられません。

そして最後はそのお絹が万屋に身請けされて、番頭との縁組という結末。落語の人情噺には時代の庶民感覚というものが反映されるが、この「柳田格之進」も代表格です。江戸時代というのは人情溢れる良い時代だった。そんな時代感覚を感じさせてくれた今日の席でした。

今日は開演が18時だったのでハネるのも早い。20時半にはお江戸日本橋亭を離れて、久しぶりに鳳樂師匠の打ち上げです。でも今は新年会の真っ盛りで花金。近所の会場が予約できなかったということで、湯島まで歩きました。そこでもう一席盛り上がったのでした。

鳳樂師匠の打ち上げはいつも日本酒がついて回ります。今日も新年のために用意された新酒、それも生酒で18度というかなり強烈な代物。すっかりいい気持ちになった初笑いでした。

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