「秀山祭九月大歌舞伎」歌舞伎座 9月13日(火)

0913shuzansai010913shuzansai02なんだか無性に歌舞伎が観たくなって予約したのがこの公演。吉右衛門さん、玉三郎さんが出演するのだから、役者に不足はありません。夜の部なので開演は16時半。余裕を持って歌舞伎座に赴いたのでした。
いつも思うのだが歌舞伎座の公演にはおばさんが沢山来ている。まさにおばさんのパラダイス、略して「おぱパラ」と言うべきか。そんな中から聞こえてくるのは、「染五郎が・・・・」「吉右衛門が・・・」「福助あんまり見ないわね」「やだ、あの人今病気なのよ・・・」やっぱり話題の中心はいい男のようです。

0913shuzansai03 0913shuzansai04 0913shuzansai05 0913shuzansai06今にも泣き出しそうな空模様の中ようやく開場。今日の席は1階の最後列から二列目でした。頭の上に2階席があり、ちょっと圧迫感のある位置。でも花道はちゃんと見えます。

と、思って見ると、何と花道が上手と下手に2本あるではありませんか。こんな演出は初めてです。さてこれがどのような意味があるのか楽しみなところがあります。今日の演目は『妹背山婦女庭訓』から『吉野川』、次が眠駱駝物語から『らくだ』そしてもう一つが舞踊『元禄花見踊』です。

ところでこの公演のタイトルの「秀山祭」の意味が気になります。これは初代中村吉右衛門の俳名だそうで、ということは今日の主役は中村吉右衛門さんなのです。その吉右衛門さんも、この名前を襲名して50年ということでした。

さて開演、まずは『吉野川』。これは歌舞伎の名作『妹背山婦女庭訓』の一節です。時代は大化の改新前、傍若無人な蘇我入鹿が猛威を振るっていた時代の悲しい恋物語です。五段構成の芝居の三段目に当たります。ここは「山の段」とも呼ばれるようです。

大判事清澄と太宰家の後室定高の両家は、お互いにいがみ合う関係。その両家が吉野川を挟んで館を構えています。舞台は中央に吉野川、それも桜が満開の吉野川。上手が大判事(中村吉右衛門/播磨屋)と久我之助(市川染五郎/高麗屋)がいる背山、下手は定高(坂東玉三郎/大和屋)と腰元たちを従えた雛鳥(尾上菊之助/音羽屋)のいる妹山。その久我之助と雛鳥が禁断の恋に落ちてしまったのです。

ここで早速二本の花道が使われました。背山の側に上手の花道から大判事が息子の久我之助のいる自分の館へ。そして下手の花道から定高が雛鳥のいる太宰少弐の館へ。そこから吉野川を隔てて久我の助と雛鳥はお互いに相手の気をひくようなやり取り。そして大判事と定高は啀み合いの火花を散らすという具合です。

吉野川の川幅は実際は100メートルと言っていたので、微かに相手の顔がわかるであろう距離です。舞台の上ではその距離感を強調するために上手と下手を、吉野川を挟んできっちり分けてたのでした。

最後は雛鳥が自ら命を絶ち、定高の介錯で首だけになる。その首を対岸に流して自刃して命尽きようとしている久我之助に届けて恋が成就。そして久我之助も大判事の介錯で首になったのでした。蘇我入鹿に仕える事忠誠心と親子の情の葛藤が複雑に絡み合う1時間余りの舞台でした。

30分の幕間の後、二つ目の演目は『らくだ』。これは落語ファンなら誰もが知っている「らくだ」です。イヤホンガイドではこれに加えて、同じ「らくだ」の江戸と上方の違いも説明していました。

舞台の役柄は、紙屑屋久六は市川染五郎(高麗屋)さん、手斧目半次は尾上松緑(音羽屋)さん、駱駝の馬吉は坂東亀寿(音羽屋)さん。落語の「らくだ」から受けるイメージ通りの配役か。そして死人の駱駝の馬吉も人形ではなく生身の役者です。なんといっても劇中に死人がかんかんのうを踊るという場面がありますから。

前の幕の重苦しい空気から一転、落語の世界の馬鹿馬鹿しい笑いの世界です。幕が開くとたばってる馬吉を婆さんが弔っています。これは落語の世界では噂の中にしか登場しない糊屋の婆々ァでした。やはり落語根多が歌舞伎に移されるとどうしても登場人物を増やさなくてはなりません。そこに手斧目半次が現れましたが、加えて半次の妹まで出てきたのでした。

落語の中ではこの「らくだ」の話の聴かせ所は、気の小さい紙屑屋の久六が酒が入るにつれて、気が大きくなり。やがて半次と立場が入れ替わる場面ですが、これが歌舞伎になるとその前の、かんかんのうを踊るところにも見せ場を作れます。因業大家のところでしっかり死人が踊っていました。

そして最後が例の屑屋の気が大きくなって半次を従える場面です。ここで死人も加わってのドタバタで幕がおりました。

落語ではここから、漬物屋を脅して手に入れた菜漬けの樽に死体を入れて、火葬場に運ぶ途中に死体を落として代わりに泥酔して寝ていた願人坊主を拾うという場面があるのだが、これはカットされていました。

落語というのは話芸だけだから場面の転換はいくらでもできるが、芝居は場面の転換には舞台装置の入れ替えが必要なので、この辺りはなかなか落語通には行かないところですね。

0913shuzansai0720分の幕間があって最後は舞踊の『元禄花見踊』です。実は今日の目当てはコレでした。何といっても玉三郎さんの舞踊の見せ所が待ってます。幕もおなじみの定式幕から緞帳に変わり、春と秋のデザインで華やかな舞台を予感させます。

舞台が真っ暗になってパッと照明が灯ると満開の上野桜を背景に長唄連中が並び、そこに華やかな花見小袖をまとった元禄の女、玉三郎さんが現れました。ここで使われる衣装や髪型は全て元禄風。同じ江戸文化でも文化文政のものとは明らかに違います。

そしてこの「元禄花見踊」は玉三郎さんを中心に若手も加わった総踊りも見せ所だったのです。それにしてもうっとりするような華やかさです。

会場から掛け声がかかるのはいつもの歌舞伎の光景なのだが、今日の掛け声はなぜか女性。大和屋!播磨屋!音羽屋!・・・ちょっと男の影が薄い。

そしてだんだん踊りも手の込んだものになり、衣装の早変わり。後半には桜の模様の花笠や毛槍を使った総踊りで終わりました。
今日の三つの演目では、重苦しさ、馬鹿馬鹿しさ、華やかさという異なった空気を楽しませてもらいました。

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