「伝承話藝を聴く會」神保町東京堂ホール 4月7日(土)

今日は神保町の東京堂書店で10年続いている「伝承話藝を聴く會」です。単に10年続いているだけではない、同じ出演者の顔ぶれも10年続いているのです。それは落語の桂藤兵衛師匠、柳亭小燕枝師匠、そして講談の宝井琴柳先生です。

同じ顔ぶれが10年続いてるということは、みんな揃って10年歳取ったということなのだが、出演者だけでなく、主催者も観客も同じ運命なのです。あっ忘れてた、もう一人いた。武蔵野美術大学の今岡謙太郎教授だが、この人は最近見かけません。以前は江戸文化という視点で寄席などの演芸についての蘊蓄を聞かせていただいたものでした。最近はそれに代わって橘流寄席文字書家の橘右樂師匠が登場されることがよくあります。

あと、以前は会場が清澄庭園の大正記念館のホールだったのが、今は神保町の東京堂ホールに変わっています。そして今日はといえば、、、やっぱりいつもの顔ぶれでした。

1時間以上早く着いてしまって、一番乗りと思ってたら、すでにお一人先客がいました。うーん上には上がいる。最前列の席を陣取り暫し時間つぶしです。

やがてパラパラと席が埋まって、開演時刻には90席くらいの会場はほぼ満席になりました。最近この落語会はいつも満員御礼状態で大変めでたいところです。

そして開演。開口一番は柳亭小燕枝師匠です。まずは「一杯のお運び、厚く御礼申し上げます」。今日も根多出しされていて、まずは『堪忍袋』です。その前に結構長いマクラがありました。そこで新宿末廣亭で来月の中席夜に「小さんまつり」ということで、先代五代目柳家小さんの17回忌の特別公演だそうです。その宣伝をしてました。一門総出で先代小さんの得意根多「万金丹」「笠碁」などを演るということです。しかし27回忌はやらないだろうって。なぜならその頃には一門も高齢化が進んで半分はいなくなるってことでした。

そして本根多の「堪忍袋」に入ってゆきました。これは家族円満袋で、こういう袋が本当にあったら、きっと世の中平和になるのではと思わせるものです。しかし満杯になった堪忍袋の緒が切れた時は大変。小燕枝師匠、いつもにも増して楽しそうに演じていました。

続いては桂藤兵衛師匠で、根多出し演目は『甚五郎のねずみ』。普通には「ねずみ」と呼ばれている噺でした。マクラは短めで、名工左甚五郎という人の伝説。どうも実在はしたようだがよくわからない、というのが本当のところのようです。

でも落語の根多では「竹の水仙」、「三井の大黒」、「ねずみ」が多くの演者が高座にかけていますが、どの噺も名工の作品が超常現象を巻き起こす。やはり伝説先行の人のようです。

そして藤兵衛師匠は「竹の水仙」を演ることが多く、この噺を高座にかけるのは久しぶりと言っていました。いつも珍しい噺を演ることの多い藤兵衛師匠で、演題が「甚五郎のねずみ」と普通ではない雰囲気。普通ではない筋書きの展開があるのかなと思って聴いてました。

それはここに出てくる左甚五郎という男に関して、藤兵衛師匠の描く茫洋としたイメージ、要は掴み所のない人物として表現するようなこだわりがありました。この甚五郎という人物の描き方に注目して聴くと、この話の味わいを楽しむ事ができる。そう言えばCDで聴く昭和の名人の桂三木助師は、何とも人を食ったような人物描写をしていました。

仲入りがあって今日のトリは宝井琴柳先生の『祐天吉松・祐沢の義侠』。今日の演目解説を見ると、『祐天吉松』を読ませていただきますとあり、高座に上がった琴柳先生、なにやら古い書物を手にしています。台本なのかな。

調べるとこれは実に長い噺です。祐天吉松というのはスリから堅気になり男が、再び悪い仲間にそそのかされて波乱万丈の話の展開する物語で、その一生を語り聞かせるものです。

明治時代には長編の講談として人気があったとありますが、今ではその中で、飛鳥山での親子の出会いの場がよく演じられてるようでした。

今日はこの長い話の一部を切り出して語るということなのだが、どこの部分を切り出すのか。高座に上がってからも思案しているようでした。そこで暫し語ってからもう一席。これは持ち込んだ台本を読むという形で、内容は上杉謙信武田信玄川中島の戦いの場面です。昔の講談スタイルで、張り扇で釈台をパンパン叩きながら語っていました。

そして今日も無事終演。いつもの通り帰り客でエレベーター前は大混雑。出番も終わって着替えた小燕枝師匠が帰り客整理のサービスをしていました。

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