「伝承話藝を聴く会」神保町東京堂ホール 12月5日(土)

1205wagei01年の瀬の神田神保町。天気は快晴なのだが、何となく光が少ない。そんな土曜の昼下がりです。いつもの「伝承話藝を聴く会」がありました。場所はすずらん通り沿いの東京堂書店のホールです。

ここに来ると、いつも座る場所が決まってます。それは前列でも噺家さんの唾の飛んでこな位置。開場直後だったので客もまばら。いつもの席がしっかり確保できました。講座を見ると釈台が置いてあるので講談が最初のようです。

1205wagei04 1205wagei05 1205wagei06前回は満員御礼の出るほどの盛況だったのだが、今日は少し客の運びが鈍いような。7割位の入りのところで開演です。そして開口一番は今岡謙太郎教授、前座代わりの上りです。

今日は次が講談の宝井琴柳先生なので、講話のテーマは「講談と落語」。そもそも釈台、落語では見台ですが、これは台本を置いての読み聞かせのための舞台道具ということです。江戸時代の発祥の頃は読み聞かせというのも、結構ポピュラーなスタイルだったようです。でもやがて台本も見ず暗記で聞かせるのが主流になったが、釈台は残りました。もっとも釈台がないと、講談の聴かせどころの張り扇が使えませんね。あとは講談と落語の違いは、講談は語りの「地」、落語は会話中心の展開です。

そんな話で前座は終了して、次が宝井琴柳先生の登場です。今岡教授も前座の務めとして。めくりを返して下りて行きました。

1205wagei03 1205wagei02琴柳先生の根多出し演目は『雪の夜話』。まだ昼下がりなのに夜話。これは明治初期の人情噺ということですが、何と琴柳先生にとっては根多おろしだそうです。実に珍しい場面です。

まず今岡教授の講話を受けて、三方ヶ原の合戦の読み聞かせを再現してみたり、今日はなかなかアカデミックな展開です。そして本根多に入って行きました。

話は元武家の幼い姉弟が、雪の降る中で辻占売をしているところに、通りかかったのが遊び人の大工。足の爪を剥がして倒れてしまった姉を助けるところから話が始まりました。病に伏せている母親を支えるための辻占売。最後はその姉弟を引き取り面倒を見てハッビーエンドとなりましたが、まさに涙無くして聴けないような人情噺でした。講談としては珍しい噺ですね。

次は落語でいつものお馴染みの桂藤兵衛師匠です。しっとりとした講談調から、雰囲気も変わりました。でも演目は『浜野矩随』。これは元はと言えば講談根多でした。解説を読むと現在多く演じられているのは、先代の圓楽氏のスタイルということだが、藤兵衛師匠は一龍斎貞鳳師から教わったスタイルで演るとあります。一龍斎貞鳳と言えば、かつてのお笑い三人組の一人。今では残っているのは金馬師匠だけなのですが、懐かしい名前です。

始まった藤兵衛師匠がこの噺を高座に掛けるのは本当に久しぶりだそうです。でもその語り口は何とも明るく、笑わせどころのくすぐりもたくさん用意してありました。この噺はもともとあまり面白くないものだが、今日の藤兵衛師匠ならば充分楽しめます。仲入りになってトイレに行く途中で藤兵衛師匠とすれ違い。何だかしてやったりという颯爽とした表情でした。

そして仲入り後の最後が柳亭小燕枝師匠です。今日の演目は『睨み返し』です。これはあまり聞くことのない根多ですね。解説を見ると睨む表情が難しい演目だそうです。

暮れになると出てくるのが掛取を追い返す噺。「掛取万才」のような噺はその典型ですが、この「睨み返し」も同じパターンの話です。調べると先代柳家小さん師や柳家小三治師匠の動画が出てくる。ということは柳家の演目ということでしょうか。

今日の小燕枝師匠はなぜかマクラが長い。理由は時間のかからない、短い根多だからのようです。トリであれば、ある程度の時間をかけて語らなくては格好がつきません。

江戸時代には珍奇な商売がたくさんあったが、「借金言い訳屋」もそうなのでしょうか。本当にあったかどうかは知らないが、この話無言で睨む場面が多い。聞かせるだけでなく、見せる要素の多い話でした。

終わったのが16時。外に出るともう夕暮れ。今は一年中で一番日没時刻の早い時期なのでした。

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